Japana Sociala Forumo

続ダイオキシン問題小史

ベトナム戦争 枯葉作戦
日本はどこまで手を貸していたか

第4回「拡大生産者責任」の逆襲

原田和明

日本がダイオキシンに汚染されるようになったのはベトナム戦争を契機としています。三井化学をはじめとする日本企業が、米軍の枯葉作戦に協力して枯葉剤やその原料を製造しました。製造過程で出る副産物を利用して農薬を製造しますが、当初は農薬に含まれるダイオキシンを取り除く技術はなく、結果とし水田や河川、近海が汚染されてゆきます。

日本の政府と産業界がアメリカのベトナム侵略に手を貸していたことは長く隠されてきました。農薬に含まれていたダイオキシンなどの毒性物質によって国土が汚染されたことも忘れられると、ダイオキシン問題は新しい展開をみせます。

1999年にダイオキシン特別措置法が成立して以来、ダイオキシン対策に偏重したゴミ政策が幅を利かすようになってきました。地方自治体はダイオキシン排出基準値を守るために大型ゴミ焼却炉を導入しようとし、市民運動もダイオキシン排出基準値をほとんど唯一の盾にして大型ゴミ焼却炉反対運動を展開するなど、いびつな構造も次第に明らかになってきました。

80年代のゴミ問題の深刻化に伴って、90年以降、次々と環境政策が打ち出されてきたわけですが、ゴミ問題に関してはダイオキシン・ビジネス(旧厚生省水道環境部環境整備課)とリサイクル産業(旧通産省)、それに「拡大生産者責任(EPR)」(旧厚生省水道環境部計画課)の三つ巴を基本とした政策が展開されてきました。ゴミ発電をリサイクルとみなすという政策はダイオキシン・ビジネスとリサイクル産業の融合といえるのかもしれません。そんな中で拡大生産者責任は、91年の荻島國男氏【1】の逝去とともに消え去り、実質的にダイオキシンとリサイクルが21世紀の日本の環境政策の中心になったかに見えました。

ところが99年、「拡大生産者責任」は、いま欧州が廃棄物問題の解決の鍵として導入を目指しつつある新しい考え方として、外圧となって帰ってきました。経済協力開発機構(OECD)が94年にプロジェクトを設置して以来、研究が進められていたのです。2000年になると、「政府のための拡大生産者責任導入手引書(ガイダンス・マニュアル)」がほぼまとまり、加盟各国が導入を迫られる事態となってきました。

OECDでEPRの研究が開始された94年以降、まず加盟国のEPR政策の実態調査が行なわれました。その後、EPR政策の実例(ドイツ、オランダの包装廃棄物)調査と続き、その成果は97年にまとめられています。さらに、97〜99年には利害関係者による4度のワークショップ開催、EPR手引書原案作成に続き、各国政府の検討が加えられ、手引書も99年11月、00年4月、10月と改訂された後、01年に最終版が完成しました。

日米両国政府は「拡大生産者責任の役割分担」という概念を持ち出し、「税金でリサイクル」の余地を確保しようと試みました。例えば日本の通産省はこの手引書の解説の中で次のように述べています。

──EPRとは、生産者等の事業者が廃棄物処理に関して全面的な責任を持ち、費用を全て製品価格に内部化することを直ちに意味する概念ではなく、排出者責任との組合せの中で、さまざまな費用分担、責任分担を包含する概念である──【2】

しかし、EPRの原則は、生産者が廃棄物の処理にかかる経費をすべて負担することです。この考えはEPRの研究が始められたときから一貫しています。98年5月に公開された基本構想レポートでは生産者の経費負担について次のよに明記しています。

EPRは、廃棄物処理などに関する政府の歳出を削減することを目的とする。この支出はすなわち、ポスト消費者段階[製品が使用期間を終えて、消費者の手を離れ廃棄される段階]に至った製品の処分にかかる経費である。原則として、経費の負担が納税者から最終生産者へと移され、最終生産者がその経費を製品の価格に内部化[あらかじめ上乗せ]することによって、政府の歳出は削減される。・・・EPRの核心は、誰が実際に廃棄物処理システムを運営するかにではなく、誰がその経費を負担するかにある。ポスト消費者段階に至った製品を処分する上で、生産者は[廃棄物処理システムの]運営経費を負担することになる。EPRは生産者の努力を促し、生産者はこの運営経費を削減しようとする。この新しい経済的誘因は、[製品の]ライフ・サイクル[設計・デザインから廃棄・最終処分まで]を踏まえた生産体制に取り組む努力を生産者に促す。OECD加盟諸国の政府が目指す目標の多くが、生産者の努力の結果として、最上の形で達成されるだろう。【3】

生産者が廃棄物となった製品の処理経費を負担する。レポートはこれを生産者の「絶対責任」と呼んでいます。

EPRは廃棄物の処理に関する絶対責任を自治体から最終生産者(製品の輸入業者をも含む)へと移行させる。この絶対責任とは民間企業に課せられた責務であり、企業は自社製品の廃棄処分にかかる経費を実質的に、あるいは完全に、製品の価格に内部化(価格にあらかじめ上乗せ)しなければならない。この責務こそが、ポスト消費者段階の製品に対する責任の核心である。生産者はこの絶対責任から決して逃れることはできない。【4】

熊本一規・明治学院大教授が通産省の解釈を厳しく批判しています。

──EPRの精神を歪曲して国民に伝えている。国、市町村、事業者、国民の間での適切な役割分担のもとに、適正かつ公平な費用分担を行うといっているが、そのねらいは税金負担、消費者負担によって新たなリサイクル産業を興そうという考えなのである──

ところで、OECDによるEPRプロジェクトが実は日本政府の資金提供によって創設・運営されていたのです。報告書には次のように書かれています。

──このプロジェクトのための資金は、日本政府からの寛大な任意の寄付によって提供された──

スポンサーは厚生省でした。荻島氏とともに改正廃棄物処理法草案を作成したグループのメンバーが企てたのでしょうか?

OECDの動きに連動して99年11月より自民、自由、公明の与党3党が「循環型社会法」の次期通常国会での法制化をめざし調整を行っていました。「生産者責任」を盛り込みたい公明党や環境庁と、これに難色を示す自民党、通産省、産業界などの間で、「政府提出法案」を含め調整は難航しましたが、「循環型社会形成推進基本法」原案には「拡大生産者責任」を盛り込まないことで決着、大多数の国民は、法案が検討されていることやその内容を知らされないまま、00年6月、「循環型社会形成推進基本法」は成立したのです。

「循環型社会形成推進基本法」という名前のイメージにより、大量消費社会から循環型社会への政策転換と誤解され、法案は好意的に受け止められました。しかし、黒船「各国政府のためのEPR導入手引書」が公表される前に「税金でリサイクル」路線を確定しておくための手段に過ぎませんでした。その動きを察知した市民団体は連携して骨抜き阻止に動きました。環境庁との折衝、海外NGOやOECDへの報告、環境庁記者クラブでの会見などを実行しました。法案は原案通り成立してしまいましたが、とりわけ個人賛同者からFAX、メールによる野党やその支持母体への請願は市民一人ひとりができる直接行動として今後の方向性の一端を示すものとなりました。

ダイオキシンだけに偏重しないゴミ対策、リサイクルを隠れ蓑にしない循環型社会の実現は市民の参加意識・問題意識から新たな展開を見せることになるでしょう。

【1】荻島國男。1970年、厚生省に入省。90年6月、水道環境部計画課の課長に就任してから、企業の責任と義務を明記した廃棄物の処理および清掃に関する法律の制定を目指す。企業や政党・省庁から圧力を受ながらも、懸命な努力をつづける。91年5月、ガンを告知される。10月、荻島法案の改正案が可決される。企業の責任や義務はあいまいにされていた。92年4月28日、死去。

【2】経済産業省、2004年5月6日。資料3、拡大生産者責任(EPR)と役割分担の考え方について、1.拡大生産者責任(EPR)の考え方。PDFファイルをダウンロードできる。

【3】Extended and Shared Producer Responsibility Phase 2: FRAMEWORK REPORT, May-1998, p. 5. (訳/安濃一樹)

【4】同上、 p. 10. (訳/同上)

編集/安濃一樹
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