Japana Sociala Forumo

続ダイオキシン問題小史

ベトナム戦争 枯葉作戦
日本はどこまで手を貸していたか

第6回ダイオキシン社会を超えて

原田和明

ダイオキシンを語るとき必ずといっていいほど用いられる「猛毒の」や「非意図的に生成する」という接頭語が、実は枯葉剤メーカーによるキャンペーンの影響であり、ゴミ焼却技術が中心のダイオキシン対策もその延長線上に企画された新産業創造政策であったことを歴史的に振り返ってきました。

99年にダイオキシン特別措置法が成立してから、大型ゴミ焼却炉、溶融炉、ゴミ固形化燃料(RDF)製造施設、スーパーゴミ発電などさまざまなダイオキシン対策技術を謳った施設が全国各地に林立することとなりました。一方でリサイクル産業を集積したエコタウンが各地で誕生し、90年以降の環境政策の中心をなす「ダイオキシンビジネス」(厚生省)と「リサイクル産業」(通産省)がそれぞれに船出しました。

しかしながら、私たちはこれらの政策によって「より安全な暮らし」を手に入れることができたのでしょうか? 2003年8月に起きたゴミ固形化燃料(RDF)工場(三重県多度町)の爆発事故をはじめとして全国各地で大小様々な事故が頻発しており、通常運転についてもハイテク焼却炉が多大な運転費用を必要とする装置であることもわかってきました。

自治体は、特措法の排出基準値と期限付き補助金の両面から、これらの施設を導入するように誘導されました。一方、住民側は、年1度の測定では基準値遵守は保証されず施設は受け入れられないと反対しています。ダイオキシン 0.1 ナノグラムをめぐる攻防はこれからも続けられることでしょう。0.1 ナノグラムは国が定めた基準であり、だから基準を守れということなのでしょうが、守るべきは基準ではなく、私たちの暮らしでありましょう。そして「私たちの暮らし」の中身も問われています。

ダイオキシンの問題はいかほど重大だったのかを改めて検討するために、その歴史を振り返ってきましたが、ダイオキシンそのものが問題なのではなく、誰もがダイオキシンに現代の閉塞感打開を仮託した構造にこそ問題があったのではないかと思えてきます。環境中のダイオキシン濃度は大量消費、経済成長と歩調をあわせて高くなってきたことは既にわかっています。大量消費、経済成長を続けながらダイオキシンを抑制する、あるいはダイオキシンを新たな経済成長の足がかりにするという発想自体が改めて問われているのではないかと思われます。

ならば、人間の意志によって大量消費、経済成長優先の価値観からの脱却を図らねばなりません。ダイオキシン問題は地球温暖化などとともに、「成長の限界」を人びとが受け入れられるかどうかの試金石でとなるでしょう。大量に資源を浪費し続ける社会や、永遠の経済成長などありえない。いつかどこかで方向転換が必要だ。多くの人がそう気付きながら問題を先送りしてきました。ダイオキシン問題は永遠の経済成長という矛盾がひとつの形となったものであるにも関わらず、原因と結果を取り違えダイオキシンを潰せば矛盾までも解消されると誤解してしまった、いや期待してしまったことが問題だったと思われます。

その意味で、大量消費を前提としたダイオキシン対策技術は、ダイオキシン排出量を低減することができたとしても、新たな問題を引き起こすことになるでしょう。いずれ「拡大生産者責任」の思想が日本にも定着するようにしなければなりません。そのために人々は関心をもって行動することが求められるでしょう。そして現行経済社会の内部改革は達成されるでしょう。しかし、経済成長優先の価値観は温存されます。矛盾は、改善されても解消されるのでしょうか? さらにその先はどうなるのでしょうか?

世界では反グローバリズムを掲げた様々な取り組みが試みられています。私は、この運動の中に経済優先の価値観を転換し、ダイオキシン問題の解決につながる萌芽をみています。日本では静かなる運動ながら「地産地消」「身土不二」「スローフード」「スローライフ」「グリーンツーリズム」など、地域見直し運動が展開されています。幸いにも若者を中心に長期的な経済低迷により高度成長型の平均的人生モデルを踏襲できない人たちが増えています。

これからは、必ずしも経済第一優先ではない「安心立命」を基調とした個々人のライフスライル重視への転換が進むことでしょう。その結果としてダイオキシン抑制も達成されることになると期待しています。そのためにもダイオキシン騒動の教訓を今後に生かしていくことが必要だと思います。

編集/安濃一樹
ヤパーナ社会フォーラム
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