Japana Sociala Forumo

ダイオキシン問題小史

第8回「騒動」の終わり(2)

原田和明

中川昭一農相は、これまでダイオキシン汚染の調査を満足にしてこなかった農水省の責任を棚に上げて、2月12日の記者会見などで「風評被害の最たるもの。放送法に抵触していないかどうかの観点からも調べたい。」とテレビ朝日の報道姿勢を批判しました。農水省が管轄外の放送法を持ち出すとは奇妙なことですが、これには前段があります。

2月10日の衆議院逓信委員会で質問に立った西田猛議員(自民党)は、野田郵政相より「テレビ朝日の報道問題は今のところ放送法に違反するという事態ではない」との見解しか引き出せなかったものの、郵政省政府委員から「報道を見た方が、これは事実と違うという場合には、訂正放送を求める制度(放送法4条)があり、裁判も可能」とのコメントを引き出すことに成功していたのです。

中川氏は自らの回顧の中でこの事件を振り返り、「衆議院の逓信委員長をやった経験から、マスコミは攻めには強いが、守りには弱いことを十分知っていました。マスコミが権力を批判するのは民主主義国家として当然のことであるけど、久米さんの番組の中でのコメントやしぐさは自民党議員であれば、非常に迷惑している。」と述べています。農相発言の動機が、過熱報道の鎮圧だったのか単なる久米憎しだったのかはわかりません。

衆議院の逓信委員会は1999年3月11日、テレビ朝日の伊藤邦男社長、早河洋報道局長らを参考人招致しました。委員会のテーマは「放送のあり方」でしたが、実態はテレビ朝日に対する「断罪」の場であったようです。インターネットの国会会議録検索システムでそのやり取りを読むことができます。90年の廃棄物と清掃に関する法律の荻島原案つぶしのときもかくありなんと思わせるようなやり取りが続きます。

自民党から質問に立った浅野委員は元NHK解説委員、生方委員は元読売新聞記者ですが、自分たちの質問が報道への権力介入になっているとの認識はなかったようですし、他のメディアからも指摘する声はあがりませんでした。本来、国会がやるべきことはダイオキシン対策の遅れや調査結果の隠ぺい工作、農産物の補償問題などを糾すべきなのに、問題をすり替えて、農民の怒りの矛先をテレビ朝日バッシングに向けさせたのです。

テレビ朝日も他メディアも、所沢産野菜の汚染濃度を追加調査することはしませんでした。テレビ朝日は弁明に終始し、他メディアは埼玉県の「煎茶安全宣言」を頭から信用してテレビ朝日批判を続けましたが、県の出した情報が真実であるという確証はどこにもなかったにも拘わらず。

このとき、他のメディアはテレビ朝日・久米バッシングに用いた鎖(「放送法」という公権力の濫用容認)で、自らのダイオキシン報道をも縛る結果になることに気付いていたでしょうか? この事件以降、不安を煽る記事は急激に減少していきました。しかし、99年夏の「ダイオキシン類対策特別措置法」成立、2000年3月の荏原製作所藤沢工場、6月には福岡県大牟田市での高濃度ダイオキシン汚染発覚などの大事件が続いたために、ダイオキシン報道の変質、マスコミ由来の「騒動」が既に終わっていることに多くの人は気づかなかったことでしょう。その陰で、ダイオキシン対策を謳った溶融炉などを自治体が選定する際の根拠となる「お墨付き」の濫発は実にマスコミ報道鎮圧以降、「ダイオキシン類対策特別措置法」成立とともに本格化したのでした。

編集/安濃一樹
ヤパーナ社会フォーラム
http://japana.org/start.html
mailto: kazuki@japana.org

ヤパーナ社会フォーラムのロゴ

スタートページへ
環境問題の目次へ