Japana Sociala Forumo

WTOは農民を殺す

荒井雅子・安濃一樹

カンクン会議の初日にあたる9月10日、ひとりの農民が自らの命を絶ちました。韓国のイ・ギョンヘさんです。世界中から集まった2万人もの農民が抗議のデモを行ったときのことでした。イ・ギョンヘさんは、会議場を囲むバリケードに登り立ちスローガンを叫んでいます。そして自分の胸を刃物で刺しました。

かれが着ていた服には大きな文字で「WTOは農民を殺す」と書かれていたので、デモに参加した農民たちの多くが目にしていたことでしょう。持っていたメモには次のような言葉が残されていました。

──人びとが生きてゆけるように、私は自分の命を捨てます──

WTOの犠牲となった農民はイ・ギョンヘさんが初めてではありません。WTOによる農業合意と知的所有権に関する協定が農民の命を奪う。ヴァンダナ・シヴァの報告によると、インドだけで2万数千人の農民が自殺しています。カンクンでの交渉は、まさに生死をかけた闘争でした。

自由貿易を唱える多国籍企業にとって最大の関心は、第三世界という広大な地域を自分たちのための市場として開拓することです。モンサント社を始めとする企業は、自社のハイブリッド種子や遺伝子組み替え種子をインド各地に売り込んでいます。WTOはこうした種子に特許(パテント)を認めました。95年に締結されたTRIPs(貿易と知的所有権に関する協定)に基づくものです。

たとえば、ハイブリッドのコットンが「白い金」と呼びはやされたように、きっと高収入が得られるという宣伝を信じた農民は、借金をしてまで企業から種子を買い入れます。自然に則した伝来の農業では、その年の収穫から種を取り、来年のために保存しますから、生産に持続性がありました。しかし企業は種の保存や交換を禁止しています。だから農民は高価な種子を毎年買わなければなりません。またハイブリッド種子は一般に虫害に弱く、遺伝子組み替え種子も殺虫剤や除草剤の使用を増やします。こうした化学物質の購入にかかる費用が、アンドラ・プラデシュ州を例に取ると以前の20倍にもなりました。

一方でWTOの農業合意には、多国籍企業に対する補助金を先進国が実質的に増やせるような抜け道が用意されていました。ダンピングはますますひどく、作物価格は下落するばかりです。作物を売って、わずかな収入を得ても、種子と農薬を買うためにした借金はなくなりません。借金の苦しみから逃れるために、農民はその農薬を飲んで自殺してゆきます。

農民が誇りを奪われることなく生きられる世界にするために、企業が生物の知的所有権を設定することは許されない、とシヴァは考えています。企業が特許を主張している種子は企業が作りだしたものではありません。創り出し育む力を持っているのは自然であり、土地の人びとは長い間作物とともに生きながら工夫と改良を重ねてその知識を地域社会の共有財産として伝えてきました。シヴァは次のように言います。

──本来、知的所有権の保護は、海賊行為を防ぐために定められたものです。けれども現在の制度では、第三世界の持たざる人びとが伝えてきた共有の知識を企業が盗用して、自分たちだけの私有財産とするための手段と化しています──【1】

海賊のように略奪を行っているのが企業ではないか、とシヴァは訴えます。このような企業の行為を、生態系に対する海賊という意味で「バイオパイラシー」と名付けました。WTOの規定では翌年の種子を保存するという農民の当然の営みが企業の特許の侵害とみなされる。けれども企業の知的所有権の専有こそ、自然と地域社会に対する侵害です。

シヴァは「カンクンでの勝利」と題された論説で、カンクン会議が歴史に刻んだ意味を正確に伝えています。それは、もうひとつの世界を求めつづける人びとの高らかな宣言となりました。

──カンクンの地に私たちの勝利は記されました。民主が独裁を倒し、公正が不正を廃し、南が北を挫き、貧しき者が富める者を破り、人の尊さが企業の利益に勝り、生きる希望が死の恐れを克服したのです──【2】

最後にあげるシヴァの言葉はまるで祈りのように聞こえるけれど、目的に向かって現実を切り開いてゆく力に満ちています。

──経済の民主化は止むことなく、まるで木々のように空へと向かい伸びてゆくでしょう。地域の生態系と文化と経済にしっかりと根を下ろし、たくましい幹が国の経済を支えて生き生きとしたものにします。国際貿易が、正義と公正を忘れず、自然と人びとの暮らしを傷つけない持続可能なものになるなら、経済の民主化は大樹となって貿易を育み、また貿易に育まれ、豊かに枝を広げてゆくことでしょう──【2】

【1】Vandana Shiva, "Glovalisation and Poverty," Resurgence, Issue 202 (Sep./Oct., 2000). http://resurgence.gn.apc.org/issues/shiva202.htm

【2】Vandana Shiva, "Victory in Cancun," Znet Commentary (Oct. 10, 2003). http://www.zmag.org/sustainers/content/2003-10/10shiva.cfm

編集/安濃一樹
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