Japana Sociala Forumo
ドナの巡礼日誌(1)
アメリカに来て──ここはなんでも大きいところ、レジスタンスも
翻訳/福永克紀 TUP速報529号(05年8月17日)
オーストラリア人女性ドナマルハーンは、03年春イラクでの「人間の盾」に参加し、04年春には米軍包囲下のファルージャに入り、その帰路、地元レジスタンスによる拘束を経験し、04年冬から翌年春にかけてイラク・パレスチナを旅し、現地から報告してくれました。そのドナが、今度はアメリカから報告します。04年4月にバグダッドのサドル・シティで戦死した米兵の母親、シンディ・シーハンのことです。彼女はなぜ息子が死んだか答えて欲しいと、05年8月6日にテキサス州クロフォードのブッシュ大統領私邸に向かい、ブッシュの牧場の外で警察に止められ、ならば大統領が会うまで帰らないとキャンプを張り続けて面会を要求しています。全米から支援者が続々とかけつけるなか、日本のマスコミも報道するようになりました。ドナから立て続けにメッセージが届いています。
05年8月10日
お友だちのみなさんへ
アメリカでの最初の5分間でマリリン・モンローに会いました。ロサンゼルス空港第2ターミナルの到着ロビーで、プラスチックの椅子に座って鼻に白粉をはたいていました。
私は、世界でいちばん警備の厳しい空港の入管事務所を、いくつか質問されただけで通過できて、ホッとしていたところでした。係官は私のパスポートの血痕に気づいたものの、ありがたいことにどうして血が付いているのか聞きませんでした(ファルージャで米兵に撃たれて付いたのです)。彼は私のパスポートをペラペラとめくっていてたくさんのアラビア語のスタンプを見て、訊ねました。
──お仕事は何ですか?──
──ジャーナリストです──
──う〜ん、どんなこと書いているのですか?──
──そう、なんでもですね──
それでおしまいでした。彼は私のイラクのビザを見ることもなくパスポートを閉じ、気がつくと私は到着ロビーでマリリン・モンローを見ていたのです。彼女の美しさと魅力には声も出ないほどでした。髪は完璧にセットされた白氷色のブロンドで、深紅の口紅は蛍光灯の光に輝き、ピンクの水玉模様のスラックスに白いハイヒールをはいていました。私はただ立ち尽くして見つめてました。やがて彼女は私に気づくと、さもこう言わんばかりの眼差しを投げ返しました。
──いったい何を見つめているのよ? 今までマリリン・モンローを見たことがないの?──
おそらく、ロスでは普通のことなのでしょう、でも、メイトランドから来た私にとっては、それは物珍しいものでした。彼女はパウダーパフを閉じるとそれをバッグにひょいと投げ入れ、女性用レストルームに向かいました(アメリカではトイレとは言いません、レストルームかバスルームなのです)。彼女が気取った足取りでロビーを横切っていくのを見ていたときです。彼女は映画で見るよりずっと大きいことに気づきました、事実このアメリカではなんでも大きいのです。コーヒーを一杯頼んだ時には、店主から聞かれました。
──中でしょうか、大でしょうか、それとも特大にいたしましょうか?──
目の前に陳列されている巨大なカップを見ながら、私は彼女に小をお願いしますと言いました。
──小はございません──と彼女は陽気に言いました。
──中か、大か、特大だけです──
──ですが、私はただ普通のカップで欲しいのですが──とミルクシェイク大のカートンでコーヒーを飲むことを考えると胸が悪くなって、そう頼みました。
──中が最小です──と大きなカップを持ち上げて彼女が言いました。
大きいのか、もっと大きいのか以外に選べなければ、実際には私に選択の余地などないのです。
人びとも大きいのです。みながみなそうではありません、が大半がそうなのです。つまり、太りすぎなのです。おかげで私は、このとき「中東」級以上の重量を携えていた自分でも、すてきに思えるようになりました。まるで巨人の惑星にたどり着いた漂着者のようです! 何もかもがそんなに特大じゃなきゃいけないんでしょうか?
私がシャトルバスを待つため外に出てみると、すべてのものがやはり大きい、本当に大きい。通り過ぎる車はほとんどどれも大きくかさばるキャデラックや四角い大型ランドクルーザータイプのようなもので、私はあんぐりと口を開けて眺めていました。
5車線のヴェンチュラ・ハイウェイをぶっ飛ばしている時、私はこの道路名と同名の歌をハミングしながら、大きな車輪つき金属製の箱がどれもすごいスピードでたくみに他の車の間をジグザグとすり抜けながら最高速車線へと向かうのに肝を冷やしました。私がオーストラリアで乗っている日産ピンタラがこの巨大な車の群の間を走っているところを想像すると体がすくみました。ほんの一瞬でスクラップになるでしょう。
この地の人は誰もが大きな太った車を必要としているのでしょうか? こんな戦車に乗っていて、町の狭い一画に一体どうやってバックで縦列駐車ができるのでしょう? 誰もフォード・フェスティバを持っていないの? すると思わず心に浮かんだことが大きな声で私の口から飛び出しました。
──こんな車が道を走り続けるためには、石油資源の豊富な国をもう数カ国侵略して占領しなければならないんだ──
バスに乗っていた他の乗客たちは私のほうを見ているだけでしたが、あながち不賛成でもなさそうでした。どんな国であろうと、どうやったらこんなに多くのガソリンがぶ飲みマシーンを維持できるというのだろうと思いました。その答えはバスの運転手が出してくれました。もうひとつの不足している資源、水について話し合っているときのことです。ロス郊外にある中産階級の住宅地の通りを走るバスの窓から、私は美しい緑の芝生と清々しい庭を見て言いました。
──このあたりでは、相当な雨量があるんでしょうね?──
──いや──とバスの運転手が答えたのです。
──この辺は砂漠なんだよ。北部地方から水を盗んでいるんだ──といって、
──今や北部では水不足になって、あっちでもいらつき始めたけどね──と付け加えました。
ほかの人たちの、大きな車に乗ったりするせわしない生活を経済的に支えてやりながら、自分たちは貴重な自然資源を失っているということにいらだっているのは、彼らだけではありません。
のちに、新聞販売ボックス(アメリカでは、新聞は歩道にあるガラスの箱から買うのです)の新聞をじっくり見てみると、ここでのもうひとつの大きなものを発見しました。それは、嘘です。私は普通は滞在先の新聞を読むのを好みます、しかしいくつかの見出しを見るだけでぞっとしてしまいます。
読み続けるのをためらわせるだけです。驚いたわけではありません、ただおそらく印刷されたものを直接見て、アメリカ人がそれを鵜呑みにしているのを目撃して悲しかったのです。イラクでの米国犠牲者数は大きく言及されていても、それを現実に照らすべき世界占領やイラク人の死の痕跡もありません。
ここでは、嘘も大きいのです、しかし誰もがそれにだまされている訳ではありません。ブッシュとイラク戦争への反対は高率で増えてきています。いくつかの調査によれば、大部分のアメリカ人はより安全でなくなったと感じ、部隊はなるべく早く撤退すべきだと思っています。平和のために祈りを捧げるシンディたちの反戦運動を私に思い出させたのは、ヴェンチュラ・ハイウェイ沿いの鉄条網に取り付けられた看板に書かれた簡潔だが力強く訴える黒い大きな文字でした。
──ブッシュは嘘をついた──
言ってることはそれだけです。それが、ここ数年ホワイトハウスから生み出された戯言を要約し、アメリカ国民一般がもうそれに気づいていると宣言するのに言わねばならないことのすべてなのです。気づいているのは、シンディ・シーハンのようなアメリカ人です。彼女は現在テキサスにあるブッシュ大統領の牧場の外の溝にキャンプを張っていて、なぜ彼女の息子がイラクで殺されたのかの回答を要求しています。シーハンが言うには、彼女の行動は、まさに先週ブッシュ大統領が述べた以下のような発言に刺激されたものなのです。
──イラク、アフガニスタン、およびテロとの戦争で命を無くした我が国の男女は、崇高な使命、無私の使命のもと死亡したのである──
息子の死から1年以上たち、無数の公式報告書が侵略へのブッシュの言い訳を大量のテキサスの砂ぼこりに変えてしまった今、当然にもシンディはブッシュに異を唱えています。
──今では私たちみんながそれは本当ではないと知っています。だから私はジョージ・ブッシュに聞きたいのです。「私の息子はなぜ死んだのですか? 息子がそのために死んだという崇高な使命とは何なのですか?」──
──私は、ブッシュ大統領に息子の名前や家族の名前を更なる人殺しの正当化のために使って欲しくないのです、息子の名前や犠牲や名誉を更なる殺人の正当化に利用しないで欲しいのです。一人の母親として、どうして私が今経験していることを、イラク人であれアメリカ人であれ、他の母親もう一人にも経験して欲しいと望みますか?──
──それに、私が彼に言いたいのは、息子の犠牲を讃える唯一の方法は、今すぐ部隊を帰還させることだということです──
彼女の息子、ケーシー・シーハン、カリフォルニア出身は、04年4月4日、バグダッドのサドルシティで、所属部隊がロケット型推進手榴弾と小火器による襲撃を受け死亡しました。24歳でした。シンディは、ブッシュが夏休みでこの牧場にいる間中、彼から答えを聞くまでクロフォードに居続けることに決めました。
──もしクロフォードで私と話すために彼が出てこなければ、彼を追っかけてワシントンに行きます、そして彼の庭にキャンプを張ります──
シンディ・シーハンを支援しようと、全米から多くの支援者がテキサス州クロフォードに集まり始めています。もし日曜日以降もまだ彼女がそこに留まっていれば(彼女は逮捕の脅しをかけられています)、私もそこに行くつもりです。その間にも、私たち皆はオーストラリアからシンディに連帯と支持を送ることができます。
そうです、アメリカではすべてが大きいのです。車も、コーヒーカップも、嘘も。そして嘘を暴露する決意も抵抗も大きいのです。
みなさんの巡礼者
ドナより
Donna Mulhearn, "Coming to America - where everything is big, including resistance," The Pilgrim (Aug. 10, 2005).
http://groups.yahoo.com/group/ThePilgrim/message/161
追伸
シンディを支持して scindy@aol.com[ドナの間違い。正確には scindy121@aol.com]宛てで彼女にメールを送ると、クロフォード・ピース・ハウスが彼女に届けてくれます。
追追伸
シンディ・シーハンを援助してブッシュに圧力をかけ続けてください。
1 ホワイトハウス comments@whitehouse.gov 宛てに、ただの3単語 Talk to Cindy!(シンディと話せ!)と書いて、イーメールを送ってください。
2 ホワイトハウス意見電話(202)456−1111に電話し、またはジョージ・ブッシュ(George Bush, The White House, 1600 Pennsylvania Avenue NW, Washington, DC20500)にはがきを出して、同じ3単語を伝えてください。
3 言葉を広げよう! このアピールを友人たちに、メーリングリストに、ブログに送ってください。ウェブサイトに載せてください。私たちのこの簡単な3単語の要求でホワイトハウスを圧倒しよう。シンディと話せ!
追追追伸
シンディの周りに集まってきている運動体のウェブサイトです。
ゴールド・スター・ファミリー・フォー・ピース(平和のための戦死兵遺族会)
ミリタリー・ファミリーズ・スピーク・アウト(声を上げる軍人家族の会)
ベトナム・ベテランズ・アゲインスト・ウォー(戦争に反対するベトナム戦争退役軍人会)
イラク・ベテランズ・アゲインスト・ザ・ウォー(戦争に反対するイラク戦争退役軍人会)
これらのサイトすべてが、シンディの最新運動情報と、関連情報があるメディアへのリンクを掲げています。
追追追追伸
長い間メッセージを出さなくてすみませんでした、どうも国外に出るまで書き送る気持ちになれないようなのです。私がしようとしていることについては、詳細は今後に。
追伸X5
オーストラリアン・ストーリーの評論をすると皆さんの多くに約束していました【1】。今週にもやってみるつもりです。
追伸X6
アメリカ人のかたへ、来週フロリダのサラソータで講演する予定になっていました。もしその地域のかたがおられましたら直接ご連絡ください、詳細をお知らせします。
追伸X7
帰国途中にニュージーランドで講演する予定です。8月22日(月)、クライストチャーチ、ダニーデン。8月23日(火)、カンタベリー大学、クライストチャーチ、ユニバーシティドライブ、ロービルディング、108号室。8月24日(水)午後6時、イラク問題、午後7時30分、パレスチナ問題、オークランド、オークランド大学、イーラム美術学校、イーラム階段教室。
追伸X8
──私の息子はなぜ死んだのですか? 息子がそのために死んだという崇高な使命とは何なのですか?──シンディ・シーハン。
【1】オーストラリアン・ストーリー Australian Story オーストラリア放送協会(ABC)が今年7月に放送したドナの特集番組名。そのインタビューは、http://www.abc.net.au/austory/content/2005/s1406664.htm(英語)で読むことができる。
編集/安濃一樹
ヤパーナ社会フォーラム
http://japana.org/
mailto:kazuki@japana.org