Japana Sociala Forumo

黄色いハンカチが舞う
「銃後」の町で

今井紀明

旭川市街の地図を民宿で手に入れ、歩き始めた。古本屋に立ち寄ってみる。店の中には誰もいない。困ったな、と思っていると、寒そうに身を縮ませながら店主とおぼしき人が入ってきた。30代の男性で、自衛隊派遣のことを聞くと、「もちろん反対ですよ」という。

「反対だけど、変わらない」

──憲法9条に違反していますし、店に来る人にも、2、3人から話を聞いたけど、みんな反対していたよ。高齢者の方だけどね──

店主はあきらめ顔だ。反対運動についてはどう考えているのだろう。旭川でもデモがあったはずだ。

──あれで変わるわけないよ。あんなのに参加してもね。やっぱり現実は変えられないよ。有事法制だって決まってしまったし、変えられないよ。みんな選挙行かないでしょ。何も変わらないと思っているから──

旭川でも札幌でもどこでも聞かれるのは「国が決めたことだから仕方ない」という言葉だ。店主は最後に「日本は戦前みたいな国になるかもしれないね」と語った。

国の決めたことは変えられないという無力感に加えて、ナショナリズムが台頭しはじめているように見える。その危険性を肌で感じる場面があった。街中で自衛隊派遣への意見を聞いてみると、若い人に賛成が多い。私の通う高校でもそうだったが、旭川でも多い。いや、旭川だからこそ賛成する人が多いのかもしれない。

年配の方や戦争体験者には自衛隊派遣に反対する人が圧倒的に多い。道端に歩くご老人に声をかけると、ため息をつきながら静かに、「そりゃ、反対ですよ。われわれは戦争にいったんですから」と語った。しかし、私の泊まった民宿に居合わせた4人の中学生たちは、全員が賛成だという。「こういうところで自衛隊が活躍してくれないと困る」と無表情に夕食を頬張りながら話した。

他人事に過ぎない、ということなのだろうか。この中学生たちは旭川に住んでいるわけではなく、塾の冬期講習を受けるために道東から何日間か泊りがけでやってきた。中学2年生が3人、受験を控える中学3年生が1人。彼らと食事をしながら話していると、彼らの勉強だけにかける気迫が伝わってくる。受験勉強が自分の人生にとって価値があるのかと問われれば、多くの学生が否と言うだろう。しかし、組織のなかで生きていかなければならない私たちは、すべてを「仕方ない」とつぶやくだけで終わってしまうのだろうか。

自衛隊の被曝を無視?

民宿の宿母とその祖母、たまたま訪れた修理屋に、自衛隊員が放射能に被曝する可能性があると聞いたことがあるか尋ねた。3人とも聞いたことがないという。「それは本当か」と聞き返された。「劣化ウラン弾」の名前も知らないという。宿母は皿洗いを止め、「その兵器によって被曝する可能性があるんだったら、行かないほうがいいわよ。そうじゃなかったら、そういう被害の出ない地域に派遣するしかないじゃない。だって、やっぱりわが身が大切だと思うわ。自分たちが被曝したら支援も意味がないじゃない。もし自分の旦那が自衛隊員だったら、自衛隊をやめてもいいから行かないでって言うわ。被曝はお金の問題じゃないでしょ」と座って真剣に話した。修理屋は「放射能の対策ができるんだったら行ってもいいと思うけど、それができなかったらダメだな」と続ける。

旭川の公明党市議の中村徳幸議員と田中征夫議員に被爆について聞くと、「劣化ウラン弾によって被曝する可能性がどのくらいあるかわからない。市議会でも国会でも、詳細な情報がないために議論としてほとんど出てこない」と田中議員はいう。しかし、「長期間いると被曝する可能性が高まるので、今は3ヵ月で交代となっていますが、汚染が激しいならば、滞在期間を短くしなければならないと思う」と中村議員は語る。実際には彼らは詳しく劣化ウラン弾の危険性を知っている。にもかかわらず被曝の危険性を問題にしない彼らを見ると不思議でならなかった。本当に自衛隊員の安全を考慮しているのか、と。

通りを歩くひとびとは、みな「派遣反対」と語るが、その声は弱々しい。なぜこのような状況になったのだろうか。

焼き鳥屋を営みながら旭川市議会の議員(無所属)をつとめる久保あつこ議員に会った。彼女の表情は明るい。久保は20年以上にわたって原発反対運動などの市民活動を行なっているという。旭川市議会で劣化ウラン弾の問題を取り上げた人だ。

──自衛隊をいま行かせても国際協力にならないというのが私の判断です。迷彩服を着て武器を持っていくのは占領軍と同じです。現地のひとびとは雇用を求めていますが、自衛隊は雇用を作ることはできないしょう──

彼女は、「日本の政府はミカンをリンゴと言い通す状況にあります。しかし、それはミカンですよ、とはっきり指摘できない市民がいる」と指摘する。

──ヨーロッパの市民運動は政治家に直接働きかけるような動きを大きく展開している。日本は陳述書を提出したりするだけで、『政治にかかわりたくない』といってきた。でも、それでは政治を変えられないのは当たり前ではないでしょうか──

自衛隊が派遣された2月3日、再度旭川に訪れると、不思議な光景がひろがっている。

駅前から続く買い物公園通り。一定の間隔で置かれた雪だるまの首には黄色いハンカチが巻きつけられ、道路で客を待つタクシーには小さな黄色い旗がなびく。商店街のいくつかの店には黄色い旗が立てられている。銀行やホテルでも掲げているところがある。 黄色いハンカチ運動だ。

旭川の経済人によって「派遣された自衛隊員の無事を祈ることと自衛隊の家族の支えになるという2つの理由」で始められた、そう語るのは同運動の事務所が置かれている旭川商工会議所の担当者だ。商工会議所の前にある旭川のシンボルタワー、『常盤ロータリー』には、180枚の黄色いハンカチが取り付けられている。担当者いわく、地元の建設企業が「無償で」取り付けてくれたという。町の中を歩いていると胸ポケットに黄色いハンカチを入れている人にも会った。会議所の担当者は「政治的な意図はまったくない」と何度も語る。

黄色いハンカチ運動を企画したひとびとは、善意を「言葉ではなく形として、意思表示として」行なっているという。あるホテルの担当者は「自衛隊員は市民です。市民が派遣されると私たちは受け止めており、だから無事を祈るのです」と述べ、ある銀行の支店員は「正式なコメントとしては受け取らないでいただきたいのですが、あえて申しますと、隊員の無事を祈るために掲げています」と答える。そして、誰もが最後には「政治的な意図はございません」と付け加える。

しかし、前出の久保議員は「結局は政治的に利用されているのでは」と危機感を募らせている。

──誰でも自衛隊員の安全を祈るのは当然で、それに反対することはできないでしょう。善意で無自覚の行為が結果的には政府を支持してしまうことになります。こうしてかつての戦争も始まっていったのか、と実感しますよ──

以前に会った際には冷静だった彼女が少し感情的に早口になっている。

──市民は気づいていないかもしれませんが、派遣すること自体が「安全を祈る」ことに反しているのです。劣化ウラン弾の被曝だってありますし、それを知っている政治家が「安全を祈る」だなんておかしいじゃないですか──

旭川では白いリボンを派遣反対の意思表示としてつけている市民がいると聞いていたが、ほとんど見かけることがない。唯一立ち寄った古本屋で帽子に白いリボンをつけている老人がいた。「小さな抵抗です。隊員の安全はもちろん祈りますが」と悔し紛れの表情で言葉を出す。既成事実に弱い人間が黄色いハンカチ運動に利用されていくひとびとの姿。それに反抗する老人は、旭川の広い雪原でただ一本立つやせ細った古木のように思えた。

1月19日に始まった黄色いハンカチ運動。2月3日までに問い合わせは300件を超え、1万枚以上のハンカチが全国に散らばったという。

月刊『自然と人間』2004年3月号に掲載。

編集/安濃一樹
ヤパーナ社会フォーラム
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