序)惑星の危機 1)沈黙と虐殺 2)アメリカの「正義」 3)化学兵器の偽り 4)イラク侵略の目的 5)石油をめぐる冒険
この惑星は危機に直面している。われわれの[アメリカ]政府がその最大の原因である。
ラムジー・クラーク元米司法長官
アメリカの対イラク経済制裁に抗議するスピーチから
1998年、ロサンゼルス
アメリカはイラクだけを攻撃の対象としているのではない。イランやサウジアラビアまで侵略して、中東の地図を書き換えるつもりだ。しかし世界の主流メディアは、新帝国主義と呼ばれるアメリカの危険な冒険を批判しない。
2002年9月、ブッシュ政権が『国家安全保障戦略 National Security Strategy』を公表した。この前文でアメリカは、大量破壊兵器を持つ敵対国家やテロ組織に先制攻撃をかける権利があると主張している【1】。これがブッシュ・ドクトリンの根幹だけれど、実際にはアメリカの政策に従わない弱小国家に向けられた脅迫である。大量破壊兵器の疑惑は口実にすぎない。
主流メディアはアメリカの「正義」を守ろうとする。イラク侵略を正当化するために、アメリカは計画的なプロパガンダ活動をすすめ、根拠のない疑惑や憶測にまじえ、明らかに嘘(うそ)とわかる情報を流しつづけている。主流メディアがこれに反論することはない。
湾岸戦争以来、イラクは近隣諸国にとってさえ脅威ではなくなった。世界が目の前にしている本当の脅威は、国際法や条約を踏みにじり、貧困国に軍事・経済介入をくりかえす超大国アメリカである。
第二次大戦以降アメリカは21の国々を爆撃している【2】。過去20数年間だけでも、ニカラグア・グレナダ・リビア・パナマ・ハイチ・ソマリア・スーダン・イラク・ユーゴスラビア・アフガニスタンの諸国をアメリカは攻撃し侵略した。またアメリカはイスラエルやトルコ、コロンビアなどの強権的な政治をおこなう政権に軍事・経済援助をつづけ、圧政と殺人と拷問を助けてきた。テロリストを組織して訓練するCIAの秘密工作も対外政策の一環である。
新世紀を迎えて、ブッシュ政権下のアメリカは新たな戦争を「テロとの戦い」とよび、「永久戦争」と位置づけた。中東・中央アジアから南アジア・東アジアまで、ユーラシア大陸を飲みこむ混乱と破壊を、主流メディアはどこまで支持するのだろうか。
アメリカの主流メディアは、政府の政策に対する国民の「合意」を作り上げるための機関となっている。9・11事件から今まで、その役割を見事に果たしてアメリカの新しい戦争を鼓舞してきた。対外政策の背景を冷静に分析し、そこにある矛盾や偽善を批判する記事が時には見られる。しかし「テロとの戦い」を肯定する論説がくりかえし報道されるため、その圧倒的な量によって批判は押しながされてしまう。
同じように日本のメディアや知識人も対イラク戦争を批判しない。このまま戦争が始まった場合、アメリカに対してどのような援助ができるかを論じるだけだ。イラクが武器査察を受け入れたのはアメリカによる「力の外交」の成果であると評価している。
アメリカの新帝国主義によって、民主国家の定義が書き換えられようとしている。私たちは民主国家の市民として、アメリカの戦争政策を批判する義務があり、正当な報道を求める権利がある。
アメリカが湾岸戦争の前から継続してきた対イラク戦略と、いま予定されている侵略の目的をさぐり、主流メディアの沈黙に隠された事実を明らかにしよう。
イラクに対する経済制裁は悲惨な結果をもたらした。1991年から98年までに50万人の子供たちが死んだとユニセフ(国連児童基金)は報告した。当時アメリカ国連大使だったマデリーン・オルブライトはテレビのインタビューでこう尋ねられた。「50万人もの子供たちが死亡したという報告がある。これだけの犠牲を出しても(経済制裁には)価値があると言えるか」。オルブライトは、「ほんとうに難しい選択だ。しかし価値があると私たちは信じている」と答えた。
アメリカの政権を担うエリートたちはこうしたグロテスクな価値観を共有している。政権が代替わりしても、ゆがんだ価値観が世界を脅かしつづける。彼らが法や倫理の言葉を使うことはない。力の論理だけを世界に投げつける。
昨年10月、現ブッシュ政権はアフガニスタンへの爆撃を開始した。9・11事件をたくみに利用しながら「テロとの戦い」の名にかくれた侵略である。いうまでもなく、国際法や国連憲章に違反する。この侵略が始まる以前に、国際赤十字や国連の救援機関がアフガニスタンの飢饉について報告していた。爆撃によって食料の配給が途絶えたまま冬を迎えれば、750万のアフガン市民が餓死する危険があるという警告だった。それぞれの報告書は公開されていて、誰でもインターネットで読むことができる。これを知りながら、主流メディアはアメリカの攻撃を批判しなかった。数百万人が餓死する恐れがあると認めながら、ブッシュ政権は爆撃をつづけた。命をつなぐ食料補給ラインは断たれ、冬がやってきた。イラク経済制裁とアフガニスタン侵略戦争は世界の沈黙につつまれて静かに進む虐殺である。
経済制裁のために、イラクでは毎月8000人が死んでゆく。死者の半数は五歳以下の子供たちである。湾岸戦争でアメリカは爆弾8万8千500トンを投下した。その破壊力は広島級の原爆七発分に匹敵する。この大量爆撃で、イラクの社会インフラは徹底して破壊された。西側諸国から戦後に突きつけられた経済制裁のために、イラクは電力や上下水道システムを復旧することができず、医薬品や医療機器の補給もままならない。中産階級が消滅したといわれるほどイラク経済は行き詰まっている。
日々の食料を手に入れるために、家庭から家財道具がひとつ一つ消えてゆく。食糧不足がつづくなか、母親たちは十分な栄養をとることができず、新生児の4人にひとりは体重が2000グラムに満たない。虚弱に生まれた子供たちはきれいな水がないために病気になり、適切な治療を受けられないまま死ぬ。白い布に包まれた小さな遺体が小さな墓に埋められるのを、イラクの人びとは日常の光景としてみつめてきた。
ユニセフなどが調査したところによると、戦争と経済制裁が直接の原因となって、すでに200万人ものイラク人が死亡している。昨年9月11日にアメリカを震撼させた凶悪な犯罪行為が660回もくりかえされた計算だ。
1998年、国連の事務総長補佐だったデニス・ハリデイ氏が経済制裁に抗議して辞任している。彼はイラクで人道支援コーディネーターを務めていた。後任のハンス・フォン・スポネック氏も同じように辞任した。イラクの実情と国連の活動に最も詳しい二人が相次いで辞任したのは、先進諸国の偽善を告発するためである。民族の虐殺という人道に反する巨大な犯罪が、経済制裁によって行われていると彼らは断言する。
経済制裁の即時停止を訴えて、今も彼らは世界をまわっている。しかし、アメリカや日本だけでなく世界の主流メディアは二人の活動をまったくと言っていいほど報道しない。
アメリカとイギリス・フランスが強要した経済制裁を、日本をふくむ先進諸国が追認した。国連が科した制裁は、湾岸戦争で破壊されたインフラの復旧を妨げ、イラク経済の崩壊を確実にするための戦略である。イラク市民の犠牲者数は、これまで世界が目にした大量破壊兵器による死者総数をはるかに超えた。
こうして疲弊しきったイラク社会にアメリカは戦争をしかけ、さらに殺戮(さつりく)を繰り返そうとしている。
主流メディアの報道しているように、アメリカが対イラク戦争を正当化するためにあげた理由は数多い。しかし、正当な根拠を持つものは一つもない。
アメリカは、イラクとテロ組織アルカイダを結びつけようと証拠を探している。疑惑があるから調査するのではなくて、そう主張できれば好都合だからだ。ラムズフェルド国防長官の再三の要請にもかかわらず、CIAは証拠をみつけられない。サダム・フセインとオサマ・ビンラディンが憎しみあっているのは周知の事実だから、証拠をでっち上げるのはむずかしい。
イラクが9・11事件に関与した疑いがあるとも宣伝している。だが、4月19日にFBIのロバート・ミュラー長官自身が、犯行グループを特定できる証拠はないと認めた【3】。
ハイジャック犯として公表されたイスラム系の一九人が消息を絶ったのは事実だが、彼らが共謀して事件を画策した証拠がない。アルカイダ首謀説を根拠づける一片のノートも一枚のコンピュータディスクも見つかっていない。他のグループが犯行におよんだ可能性も残されている。これがアメリカ史上に前例を見ない大規模な捜査の結果である。イラクを事件に結びつけることはできない。
イラクが大量破壊兵器を隠し持っているとアメリカは主張する。1991年から98年まで国連特別委員会の主任査察官を務めたスコット・リター氏によると、事実は大きく異なる【4】。
国連の対イラク兵器削減プログラムは成功を収め、90%から95%の兵器が廃棄された。特に核兵器の開発に関連する施設は完全に破壊され、その後も再建されていない。イラクはすでに軍事的脅威ではなくなったと、リター氏は証言する。この事実はイラクの周辺諸国も、イラクに侵略されたクエートやイランさえも、認めている。
また彼は、1998年にイラクが査察団を追放したというアメリカの宣伝は偽りだと証言した。事実は逆で、同年12月に「砂漠の狐」作戦でイラクを爆撃するために査察団に退去を要求したのはアメリカだった。査察団に潜入したアメリカとイギリスのスパイが集めた情報がこの作戦に利用された。もちろん、査察団によるスパイ活動は違法行為である。国連もこの事実を確認している。
二〇〇一年、リター氏は国連の職を辞した。兵器廃棄プログラムを妨害したのはイラクではなくアメリカであると抗議して辞任した。いまリター氏は一般市民としてアメリカの対イラク政策を批判し、「全面攻撃は歴史的な過ちとなるだろう」と警告している。
いうまでもなく、世界で最も多く大量破壊兵器を保有しているのはアメリカである。1945年、核兵器の開発に成功したわずか数ヶ月後に、日本の一般市民に対して使用した。中東に限っていえば、イスラエルが核・生物・化学兵器を配備している。両国が国連の兵器査察を受け入れることはない。
とにかくサダム・フセインが凶悪な独裁者であるとアメリカは訴える。確かにフセイン政権は、アメリカに従順なサウジアラビアやエジプト・ヨルダンの政権と同じように、暴力と圧政で国民を苦しめている。しかし中東の支配者の脅威は国内に限られたものである。一方、アメリカは世界政権であり、「正義」の名の下に進められる対外政策が全世界におよぼす脅威は世界の隅々にまでおよぶ。
サダム・フセインは自国の市民を化学兵器で殺すほど残虐だとアメリカは指摘する。この批判はレーガン政権からつづくもので、現ブッシュ政権は「政権交代」の第一の理由にあげている。残虐なフセインは化学兵器で地域の安全をおびやかし、超大国アメリカにとっても脅威だという論法である。
イラク軍が10万人のクルド人を毒ガスで虐殺したとジョージ・シュルツ国務長官(当時)が公表した。一九八八年三月、イラク・イラン戦争が終結する五ヶ月前、イランとの国境に近い北部の街ハラブジャで起きたという。この事件に主流メディアは強い関心を持ち、現在にいたるまで幾度となく報道をつづけている。
確かに当時イラクは不法な生物・化学兵器を備え、毒ガスをイランとの戦争やクルド人の虐殺に使用した。そしてイラクに兵器の製造技術を教え、薬品や細菌を贈り、コンピュータなどの最新機材を与えたのがアメリカである。これはレーガン政権が八〇年代を通じて進めた政策だった。当時、アメリカが第一の敵としていたのはイランで、イランと敵対するフセイン政権とアメリカは友好関係にあった。アメリカはフセイン政権にさまざまな軍事援助を行っている。CIAの秘密工作による援助も含まれていたけれど、今では秘密ではなくアメリカ議会に提出された報告書から検証できる。
一例をあげると、米ラファージ社はレーガン政権の指導のもとに毒ガスの製造に寄与した米欧の企業のひとつである。この企業の実質的な社主はブッシュ副大統領(現大統領の父)で、ヒラリー・クリントンも同社の役員を務めていた。
レーガン政権と第一次ブッシュ政権は化学兵器の製造にかかわり、化学兵器を戦場で使う不法行為を黙認していたが、アメリカの中東政策は少なくとも第二次大戦以降から一貫して継続しているもので、たとえこの時代に民主党が政権を取っていたとしても、アメリカの対イラク政策が大きく変わることはなかったろう。歴時社会学者イマニュエル・ウォーラーステインは当時の状況を次のように説明している。
当時、サダム・フセインはバース党の将来を担う若い指導者であり、新大統領の甥でもあった。かれは知性とともに残酷さを備えていた。1979年、サダムは叔父を辞任に追い込む。血まみれのクーデターの始まりである。支配者となったサダムは反対派の粛清を繰り広げ、止むことがなかった。
権力を握ること以外にサダムは何を望んでいただろうか。アラブが世界政治に果たす役割を強めたいと彼は願い、アラブが広く団結することを求めていた。アラブ世界の指導者になるのは自分以外にいないと、おそらく信じていただろう。サラディンの再来である。現代のサラディンになろうと夢見た者は何人もいた。それは間違いないけれど、ナセルが亡くなってからは、サダムほど実力を持つものは他にいなかった。しかもバグダッドは、カイロと並んでアラブ世界の中心地である。いつの時代でもアラブ=イスラム世界に覇を唱える者たちの舞台となってきた。
こういう目標を掲げると、敵がたくさん現れることはサダムも知っていた。アラブ世界にいる主な敵は共産主義者とイスラム教主義者だった。両者ともサダムを憎んでいた。アラブ以外では、イランとイスラエルが宿敵だった。この両者もサダムを忌み嫌っていた。アメリカとロシアは[サダムの野望を見過ごすことはできないが]、それぞれ相手がサダムにもっと嫌われればいいと願っていた。
すべての敵と一度に戦うわけには行かない。ソ連との関係は残したまま、サダムはアメリカと黙約を結ぶ。ロナルド・レーガン時代のことだ。取引の確認をするために、イラクまで出向いたのは他の誰でもない、ドナルド・ラムズフェルドだった。取引とはなにか。武器の支援と引き替えに、イラクがイランを攻撃することである。
サダムにしてみれば、いくつか目的があった。新たな領土獲得すること。[絶対多数がシーア派であるイランを攻撃することによって]イラク国内で[スンニ派を基盤とするバース党と]対立しているシーア派の勢力を弱めること。汎アラブ運動の旗手としての威信を高めること。そして自国の軍隊を強化することである。
アメリカは、中東地域に持つ自分たちの利益を脅かすのは主にイランだと考えていた。だから、この取引は名案だと膝をたたいて、直接に(あるいはサウジアラビアなどの同盟国を通じて)通常兵器や生物化学兵器を供給した。サダムに情報を与えて、戦争の手助けもした。【5】
ウォーラーステインはさらに「公平のために言っておく必要がある」として、イラクが核兵器を手に入れようと考えたのは、アメリカがイラク=イラン戦争の援助を始める前からのことで、フランスが原子力発電所の建設を支援したからだと述べている。
1975年、シラクがフランス首相としてバグダッドを訪れ、当時副大統領だったサダム・フセインと会見し、イラクがフランスから原子炉を購入することについて交渉した。翌年、フセインがフランスを訪れ、シラクに案内されてフランスの原子力施設を見学している。この訪問の際に取り交わした合意書にもとづき、フランスは発電のための大型原子炉と研究のための小型原子炉をイラクに売却する。さらにフランスは、イラクに原子工学を教授し、600人の技術者と科学者を養成する約束をした。
フセイン政権によるクルド人の弾圧については、人権活動団体ヒューマン・ライツ・ウォッチが1993年にまとめたレポート「イラクでの虐殺」でくわしく報告されている【6】。サダム・フセインの虐殺行為はアメリカの援助と黙認のもとに行われた。バグダッドの怪物と歴代のアメリカ政権は共犯関係にある。
なぜアメリカはイラク侵略を強行しようとするのか。中東にかぎると、石油と天然ガスを支配することが第一の目的である。しかし、米石油資本の利益をはかるために侵略が敢行されると考えるのは短絡的だ。もちろん石油業界はブッシュの支持基盤であり、古い友人たちが利益を手にするのは大統領とって悪い話ではない。だが世界権力アメリカにとって、エネルギー資源の支配は覇権を維持するために欠かせない戦略である。
アメリカの歴代政権は中東戦略を継承してきた。エジプトやヨルダンなどの諸国に軍事・経済援助をほどこして、アメリカの政策に服従するよう促す。イスラエルは実質的にアメリカの軍事基地であり、湾岸戦争からはサウジアラビアやクウェートにも軍隊を配備している。自国の政治・経済の利益を守るために、アメリカは軍事力を使う。ブッシュ政権がイラクを侵略すれば、アメリカはイラクに傀儡政権を建て、軍隊を恒久的に駐留する。
中東戦略がどのような経済的利益をアメリカにもたらすか。それが覇権の維持にどうつながるのか。これを理解するために、どのような人びとがイラク侵略をブッシュにすすめたかを見てみよう。
ブッシュ政権は政策を立案する主要なポストに大企業の役員を登用している。その比率は歴代の政権の中で最も高い。ブッシュ大統領とディック・チェイニー副大統領がともに石油関連企業のCEOだったことから、ブッシュ政権と石油資本との関係が注目されてきた。ブッシュは倒産した米エンロン社のCEOと昔から親交があり、賄賂や利益供与のスキャンダルはうやむやのままだ。チェイニーは、国家エネルギー政策の立案をエネルギー産業界の役員たちに任せたため批判されている。しかし、ブッシュ政権と軍事産業との結びつきを指摘する声は少ない。
世界政策研究所(World Policy Institute)の調査によると、ブッシュ政権が石油産業から登用した高官は21名であるのに対して、軍事産業に関わっていた者は32名を数える。ブッシュ政権は軍事産業とより緊密な関係にあり、政権の内外からロビー活動を行った。結果として、世界の潮流に逆行する新核戦略が形成されたと同研究所の報告書(About Face: The Role of the Arms Lobby In the Bush Administration's Radical Reversal of Two Decades of U.S. Nuclear Policy)は結論する【7】。
戦争から利益を得る巨大資本の意志が政策に反映し、核戦争の悪夢が再来した【8】。この事実の方が、エネルギー関係のスキャンダルよりも、遥かに危険だと警告している。
ブッシュ政権の高官の多くは、軍事産業の利益を代表すると同時に、複数の戦略研究機関に属してイラク侵略の必要性を早くから論じていた。新保守主義を唱える彼らはタカ派と呼ばれ、産業界から資金を得て、戦略研究機関を運営している。ブッシュ政権に絶大な影響力を持つ機関もある。また、米国防総省や軍事産業・イスラエル支持派・極右キリスト教連合との結びつきも深い。
一九九八年、高等戦略政治研究会(Institute for Advanced Strategic and Political Studies)がクリントン政権に公開状を送り、サダム・フセインを排除するための戦略九項目を推薦した。この書状に名を連ねた40人のうち10人が現ブッシュ政権に登用されている【9】。
ドナルド・ラムズフェルド(国防省長官)
ボール・ウォルフォウィッツ(国防省副長官)
リチャード・アーミテージ(国務省副長官)
ドブ・ザケイム(国防省次官)
リチャード・パール(国防政策理事会議長)
ザルメイ・カリルザッド(特別補佐官、アフガニスタン特使)
エリオット・エイブラムス(国家安全保障理事会上級理事ほか)
ジョン・ボルトン(兵器統制国際安全保障担当次官)
ダグ・フェイス(国防政策担当次官)
ピーター・ロッドマン(国防国際安全保障問題担当次官)
蒼々たる顔ぶれである。彼らはタカ派のなかのタカ派として知られ、イラン・コントラ事件などの疑惑やスキャンダルにまみれた人物が何人もいる。つまり、レーガン=ブッシュ政権の12年間に、中南米での対テロ政策に関与していた者たちが、現ブッシュ政権で復権したことになる。
彼らの推奨する戦略がそのままブッシュ政権の対外政策となった。彼らは当時からイラクの大量破壊兵器が脅威だと主張している。しかし1998年のことだから、9・11事件もアルカイダも対テロ政策も関係がない。
同様に、9月15日、スコットランドのサンデーヘラルド紙が「ブッシュは大統領になる前からイラクの政権交代を計画していた」と報道した。同紙は「米国防の再建—新世紀のための戦略と兵力と資力Rebuilding America’s Defenses: Strategy, Forces and Resources For a New Century」【10】と題された文書を入手している。この戦略書は二〇〇〇年九月、新政権の誕生直前に、ニュー・アメリカン・センチュリー計画(Project for the New American Century)という研究所が、ブッシュ現大統領、チェイニー現副大統領、ラムズフェルド現国防長官、ジェブ・ブッシュ現フロリダ州知事(大統領の弟)、ルイス・ルビー現副大統領主任補佐官のために作成したものだった。
イラクの政権交代に関する部分を引用しよう。
「過去数十年間にわたりアメリカ合衆国は湾岸地域の安全保障に、より恒久的な役割をはたそうと画策してきた。イラクとの抗争が未解決のため[アメリカの軍事介入には]正当な理由がある。しかし、アメリカとって最も重要なのは湾岸地域に十分な兵力を配備することであり、この必要性の前にはサダム・フセイン政権の問題など意味を持たない」。中東を軍事的に制圧することがアメリカの目的で、サダム・フセインの存在は無関係だと言い切っている。そして、「サダム・フセインが舞台から消えたとしても」、サウジアラビアとクウェートの米軍基地は恒久的に残すという。
タカ派の机上計算どおりにイラク占領が成功すれば、アメリカの傀儡となるイラク新政権はオペック(石油輸出機構)から脱退するだろう。世界第2位の産油国が脱退すれば、オペックは無力化する。サウジアラビアは石油価格の統制という政治的な切り札を失い、アメリカの中東におけるエネルギー資源の支配は強固なものとなる。これが最も穏健なシナリオである。しかし、タカ派は中東全域を飲みこむ戦争のシナリオも用意している。
タカ派のなかでイスラエルと緊密な関係にある人びとは、イランとシリア・レバノン・パレスチナの政権交代を求める。みなイスラエルと敵対する勢力だ。ウォルフォウィッツ国防省副長官は、イラクに成立する親米の「民主政権」が「シリアやイランを始めとして、アラブ世界の全域に大きな陰を投げかけるだろう」と期待している。主流メディアが報道しないために知られていないけれど、イスラエルのシャロン首相は戦争の拡大を歓迎していて、イラクが壊滅した「次の日に」イランを侵略すると、11月になって初めて公言した【11】。
ここで注意しなければならないことがある。アメリカの中東戦略は親イスラエル派の人びとの個人的な願望を超えている。戦略の第一の目的はあくまでエネルギー資源の支配であり、そのためにはアメリカを敵視する民衆運動がアラブ世界に広がるのを阻止する必要がある。この運動を歴代のアメリカ政権は共産主義と呼び、汎アラブ民族主義とも呼んだ。このごろはテロリズムやイスラム原理主義と結びつけている。アメリカはエネルギー戦略に基づいて親イスラエル政策を立ててきた。
1958年7月14日、イラク陸軍の将校たちがバグダッドを掌握し、欧米に友好的だった王政は崩壊した(イラク革命)。エジプト大統領ナセルの汎アラブ民族主義(民衆のナショナリズム運動)が革命の背景だと考えたアメリカは、翌日レバノンの内戦に軍事介入する。アメリカの目的は、中東における自国の石油支配を守るためには武力を行使する意志があると、エジプト・シリア・イラクなどの反米欧勢力に明示することだった。
1967年6月、第三次中東戦争でエジプトはイスラエルに大敗し、スエズ運河をふくめシナイ半島を失う。広範な民衆の支持を得ていたナセル大統領の権威は失墜した。こうしてアメリカとイスラエルの同盟は強固なものとなった。アラブ民衆運動を粉砕してきたイスラエルは、アメリカがアラブ世界に打ち込んだ楔(くさび)である【12】。
この戦略の延長として、アメリカはサウジアラビアとエジプトの政権交代を画策する。両国は不満を述べながらもイスラエルと正面から敵対することはなく、アメリカとも友好関係にある。しかし民衆運動が、強権的で腐敗した政権の基盤を脅かしている。この状況をアメリカのタカ派は見過ごせない。
7月10日、ペンタゴンに政策を提案する機関である国防政策理事会でサウジアラビアを敵国とするべきだという発表があった。会議の内容は秘密にされていたが、8月になって米ワシントン・ポスト紙が発表の文書を入手した。同紙の記事は関心を集めた【13】。
この文書は、サウジアラビアの油田を占拠し、海外資産を奪取することをすすめている。発表したのは親保守系の研究所ランド・コーポレーションの分析官だった。ペンタゴンは一個人の見解に過ぎないとの釈明に努めた。しかし、会議はラムズフェルド国防長官が「私的に」開いたもので、議長のリチャード・パールはイラク侵略を説くタカ派の先鋭である(文書はパールが意図的にリークしたのではないかといわれている)。対サウジアラビア政策がイラク侵略と関連して議論されていた。その後もサウジアラビアとテロ組織の関係を指摘する報道が政府からメディアへと流されている。
アメリカのイラク侵略がアラブ世界の反米感情をさらに高め、民衆運動に乗じた急進派がサウジアラビアやエジプトの政権を転覆する動きをみせれば、アメリカの軍事介入は容易になるだろう。イラク侵略が未曾有の混乱をもたらし、この混乱に対応するために他の諸国を侵略してゆく。こうしてアメリカは、「テロとの戦い」の名のもとに、無謀な冒険をつづける。
一握りの新保守主義者たちがアメリカの安全保障をハイジャックした。彼らは地位と権威を利用し、自らの政治的野心を満たそうとしている。私たちが彼らの思惑どおりに戦争を始める日こそ、アメリカ国民としての尊厳を失う日となる。
スコット・リター元国連主任査察官
アメリカのイラク侵略に抗議するスピーチから
2002年7月23日
エネルギー資源を支配し、ただ一つの覇権国という地位を維持することがアメリカの目的である。9・11事件から、「テロとの戦い」という口実を手にして、アメリカは対外政策を急激に進めてきた。しかし世界戦略は今に始まったわけではない。
1945年、米国務省がつぎの見解を表明している。石油は「アメリカ対外政策の歴史を通じ、他のどのような商品よりも重要な役割を果たしてきた」。アラビア半島とペルシャ湾岸は「戦略上の力を生みだす大きな源泉であり、歴史上で最も高価な賞品(戦利品)のひとつである」。
第二次大戦以前、イランの石油を100%、イラクの石油を47・5%まで支配していたのはイギリスだった。戦後、超大国アメリカが台頭し、この割り当ては書きかえられてゆく。1959年にはアメリカが中東産出総量の50%を支配した(イギリスは18%、フランス5%、中東諸国24%)【14】。
こうしてアメリカは石油帝国となった。当時アメリカは中東の石油に依存していなかったけれど、この石油支配がアメリカの政治・経済・戦略にもたらした利益は計り知れない。
アメリカは中東における影響力を維持するために「親米の友好国」と呼ばれる属国を支援する。サウジアラビアを始めイスラエルや王政イランを利用し、ソ連の進出を牽制した。1979年、イラン革命によって国王が追放されると、イランを封じ込める目的から、イラクのフセイン政権を援助した。1980年から88年まで続いた両国間の戦争でイランが消耗した後は、新たにイラクを敵国とする。だが、湾岸戦争の直前までイラクの支援をつづけた。イラクとクウェートの国境に位置するルメイラ油田をめぐって紛争があった。この時、クウェート駐在のアメリカ大使は「両国間の紛争に介入するつもりはない」という意味の政府見解をイラクに伝えている。だから、イラクのクウェート侵略はアメリカが促したものだといわれる。
もとより、殺戮と破壊で中東にどのような混乱が生じても、アメリカの支持する独裁者たちが凶悪な圧政で市民を苦しめても、アメリカの戦略にとって何の意味もない。
近い将来に世界の石油生産量は頂点に達すると専門家の意見が一致している。つまり石油生産の衰退が目前に迫った。米国地質調査局(USGS)が指摘するように、問題は「いつ石油が枯渇するか」ではなく、「いつ需要が生産を超えるか」である。USGSの地質物理学者たちはこの逆転を「大反転」と呼ぶ【15】。
USGSの調査報告によると、2000年の世界総需要は総生産量に等しく、総消費量は総需要よりも多い。その結果として、石油価格が前年の1バレル当たり17・9ドルから27・2ドルに上がった。アメリカ経済が受けた打撃が最も大きい。アメリカの石油消費量は世界総量の二六%を占め、省エネ対策も遅れているからだ。
「大反転」が2001年に始まったと指摘する学者もいる。石油に依存する近代文明を変えられない以上、この急場をしのぐ手だてはひとつしかない。石油の増産である。増産ができないからこそ「大反転」の危機が近づくわけだけれど、実は増産の可能性を持つ地域が世界にふたつある。カスピ海沿岸、そして中東のサウジアラビアとイラクである。
カスピ海周辺のウズベキスタンやトルクメニスタンなどの中央アジア諸国に、アメリカはすでに常駐軍を配備し、石油利権の獲得を進めている。アフガニスタンを攻撃するために、一時的に飛行場を借りるという名目だったが、タリバン政権が崩壊した後も米軍は残った。中央アジア諸国においたアメリカ軍の兵力はかぎられている。しかし、カスピ海の石油利権を守ろうとするロシアを南方から包囲し、同じ野心を持つ中国を牽制できる。これがアフガニスタン侵略の第一の目的だった。同時にアフガニスタンと中央アジア諸国の軍事基地は、イラクやイラン・サウジアラビアを攻撃するための拠点ともなる。
カスピ海沿岸諸国の未開発油田と埋蔵量、そして新たなパイプラインの建設計画に関しては米国エネルギー省が調査報告を公開している【16】。
イラク侵略と石油については、大統領に直属する国家経済委員会のローレンス・リンゼー委員長が次のような発言をした。9月16日の米ウォールストリート・ジャーナル紙によると、リンゼーは「イラクの政権が交代すれば、世界の石油供給量を(1日)300万から500万バレル増やすことができる」と述べた。彼は経済の専門家だから、ラムズフェルド国防長官やライス補佐官と違って率直に話す。「戦争が成功すれば、経済に良い効果をもたらすだろう」とリンゼーは明言した【17】。
米エネルギー局の報告によると、イラクでこれまで確認された石油埋蔵量は1120億バレルだが、その他に3200億バレルの存在を予測できる。イラクの石油施設は湾岸戦争で破壊され、戦後の経済制裁により復旧・開発も進んでいない。イラクの石油は巨大な可能性を持つ。石油は良質で生産コストも低いことから、「極めて魅力的な石油生産の候補地」だという【18】。
世界第一の産油国サウジアラビアは、確認された埋蔵量が2642億バレル、それに加えて最大1兆バレルの採掘が可能だとみられている。生産能力の限界近くで生産をつづける産油国が多いなかで、サウジアラビアは意図的に生産量を抑えてきた。2002年1月の時点で、1日の生産量を700万バレルに引き下げたが、最大で1050万バレルを生産する能力がある【19】。
カスピ海沿岸の油田を開発するには時間がかかる。紛争地帯を通るパイプラインの建設は難しい。戦国武将たちが殺し合いをつづけるアフガニスタンを縦断してアラビア海につながるパイプラインなど無理な話だ。月面までパイプラインを引く方が簡単だろうとさえいわれている。結局、サウジアラビアとイラクだけが即座に、あるいは数年のうちに、石油の増産体制を作ることができる。両国が持つ石油の重要性はこれまでになく高まった。
以上の事実をふまえて、タカ派はイラクからイラン・サウジアラビアまで侵略しようとしている。地球に残存するエネルギー資源を支配する者が世界を支配すると、タカ派は信じて疑わない。中東と周辺地域をまきこむ混乱が起こると、それに連鎖してどのような事件が発生するか。だれにも予測できない。タカ派はすべてを軍事力で切り抜けるつもりだ。
中東諸国の閣僚や地域の情勢に詳しい専門家たちは、アメリカのイラク侵略によって、「パンドラの箱があく」、あるいは「地獄の扉がひらく」と恐怖の警告をくりかえす。タカ派は恐怖を感じない。むしろ、9・11事件がもたらした恐怖を千載一遇のチャンスと捉えている。
ウォーラステインは次のように述べた。
ジオポリティクスからするとジョージ・ブッシュは無能である。タカ派が誘導するままにイラク侵攻に賭けて、もはや抜き差しならなくしてしまった。イラクに侵攻すれば、米国にとってもどこの国にとっても悪い結果だけが残る。無理をすると彼は政治的に手ひどい傷を負うことになる。命取りになるかもしれない。米国はすでに衰退しつつある世界への影響力をいっきに失うことだろう。イスラエルのタカ派をやけっぱちの狂気に追いこんで、イスラエル国家を破滅させる。彼の果たす役割は劇的だ。もちろん、悲劇の結末を見て喜ぶ人が世界には数多くいるかもしれない。しかし問題は、ひきつづいて彼が戦争をやろうとしていることである。多くの人命を即座に奪い、アラブ=イスラム世界にこれまで想像もできなかった争乱を引き起こし、おそらく核兵器の使用を解禁することになる。いったん解禁されると、再びそれを不法として封印するのは難しい。このように悲惨な袋小路に、どうして私たちは迷い込んでしまったのか。【20】
ウォーラステインは前に、タカ派を止められるなら最悪の事態は回避できる、今こそ不退転の行動を起こし彼らに抵抗すべき時だと主張していた【21】。その彼が悲観的になるほど、世界は巨大な危機に直面している。左派・進歩派の人びとは危機感をつのらせているけれど、この危機感こそが日本の知識人とメディアに欠けているものだ。
私たちは今、何を選択し、どう行動するべきか。これは結局、倫理の問題である。しかし知識人やメディアが倫理に関心がないようなら、倫理や道徳は脇に置いてもかまわない。力の論理の前には法の精神など無意味だと言い切るなら、それでもいい。では、現実を直視すれば必ず生まれるはずの危機感はどこにしまいこんだのか。イージス艦の派遣が危機感の現れだというのだろうか。連日のように拉致事件の報道をつづけて、何が解決されるのか。わずか60年ほど前、日本がイラクやアフガニスタンと全く同じ立場にあったことを彼らは忘れている。
2002年11月12日、医療保健に従事する専門家の団体メダクトが、「核戦争防止国際医師の会」(IPPNW、1958年ノーベル平和賞)と提携して、イラク侵略に反対する報告書を発表した【22】。
報告書の推定によると、通常の兵器で侵略が行われた場合は、最初の3か月間に最大で26万1100人が死亡する。内乱と核兵器の使用を想定した場合は、同じく388万9100人の死亡が予測される(首都バグダッドの死者だけで360万8000人、同市の人口は483万4700人ほど)。
報告書の題名は「副次的損害」という。これは一般市民の死者数や被害を婉曲に表現する軍事用語だけれど、メダクトの報告書はイラク市民だけでなくイラク軍兵士とアメリカ連合軍兵士の死者数も算出し合計している。戦争を進めるエリートたちにとって、自軍の戦死者も他国の市民の死も「副次的損害」にすぎない。メダクトはそういう批判を題名に込めていた。
報告書で反戦を訴える人びとは冷静に現実をみつめている。彼らが抱いた危機感は行動として示された。同じように、いま世界中の都市で数百万もの人びとが平和を願い反戦デモの行進を繰り広げている【23】。市民の団結を求める世界社会フォーラムの呼びかけに応じて、地域の社会フォーラムが、世界の都市にも片隅の小さな村々にも、次々と生まれている【24】。可能性はある。
政府やメディアが煽るテロの恐怖にふるえて、自由を捨て平和を失うか。それとも恐怖を乗り越えて、希望を手にするか。私たちは世界市民として、いま歴史の分岐点に立っている。
第一稿 2002年12月13日
最終稿 2004年2月20日
【1】「国家安全保障戦略」はホワイトハウスのウェブサイトからPDF形式でダウンロードできる。http://www.whitehouse.gov/nsc/nss.html
【2】中国(1945ー46,50−53)、朝鮮(1950−53)、グアテマラ(1954,60,67ー69)、インドネシア(1958)、キューバ(1959−61)、ベトナム(1961−73)、コンゴ(1964)、ラオス(1964−73)、ペルー(1965)、カンボジア(1969−70)、ニカラグア(1981−90)、エルサルバドール(1981−92)、グレナダ(1983)、レバノン(1983−84)、リビア(1986)、パナマ(1989)、ボスニア(1995)、スーダン(1998)、ユーゴスラビア(1999)、アフガニスタン(1998,2001から継続中)、イラク(1991から継続中)。
【3】FBIが公開するミュラー長官のスピーチ録より。http://www.fbi.gov/pressrel/speeches/speech041902.htm
【4】Bill Berkowitz, "Scott Ritter: letting it roll," (WorkingForChange, Sept. 16, 2002). http://www.workingforchange.com/article.cfm?itemid=13809&CFID=2740940&CFTOKEN=81003854
【5】イマニュエル・ウォーラーステイン、コメンタリー第118回(2003年8月1日)「サダム・フセインは敗北したか?」http://homepage.mac.com/k.anno/jsf/peace/wallerstein/118_030801.html
【6】Human Rights Watch, Middle East Watch Report, "GENOCIDE IN IRAQ: The Anfal Campaign Against the Kurds," (July 1993). http://www.hrw.org/reports/1993/iraqanfal/
【7】William D. Hartung, with Jonathan Reingold, "About Face: The Role of the Arms Lobby In the Bush Administration's Radical Reversal of Two Decades of U.S. Nuclear Policy," (World Policy Institute, May 2002). http://www.worldpolicy.org/projects/arms/reports/reportaboutface.html
【8】別処珠樹・安濃一樹「再来する核の悪夢」(月刊『技術と人間』2002年7月号) http://japana.org/peace/japana/stangelove.html
【9】"Open Letter to the President," (Feb. 19, 1998). http://www.iraqwatch.org/perspectives/rumsfeld-openletter.htm
【10】同文書(PDF形式)は同研究所のサイトからダウンロードできる。 http://www.newamericancentury.org/publicationsreports.htm
【11】"Attack Iran the day Iraq war ends, demands Israel," (London Times Online, Nov. 5, 2002). http://www.timesonline.co.uk/article/0,,3-469972,00.html
【12】ノーム・チョムスキー「イスラエル・パレスチナの真実」 http://japana.org/peace/chomsky/interview_israel_palestine.html
"ZNet Interview With Chomsky: In Depth Discussion on Israel/Palestine," (April 02, 2002). http://www.zmag.org/content/Mideast/chomsky_palestine_april2.cfm
【13】Thomas E. Ricks, "Briefing Depicted Saudis as Enemies: Ultimatum Urged To Pentagon Board," (Aug. 6, 2002). http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A47913-2002Aug5?language=printer
【14】Tony Cliff, "The Struggle in the Middle East," in Tariq Ali, ed., The New Revolutionaries: A Handbook of the International Radical Left (New York: William Morrow, 1969), p. 219-20.
【15】USGSのホームページ http://www.usgs.gov/
報告書 "Are We Running Out of Oil?" http://geopubs.wr.usgs.gov/open-file/of00-320/of00-320.pdf
【16】米国エネルギー省エネルギー情報局によるカスピ海沿岸諸国の分析 http://www.eia.doe.gov/emeu/cabs/caspian.html
石油・天然ガス埋蔵量とパイプライン建設の調査報告 http://www.eia.doe.gov/emeu/cabs/caspgrph.html#TAB2
【17】2002年12月、リンゼーは財務長官ボール・オニールとともに辞任を強要された。 http://www.wsjclassroomedition.com/wsjtoday/archive/02sep/02sep16_iraq.htm
【18】米エネルギー省エネルギー情報局のイラク報告 http://www.eia.doe.gov/emeu/cabs/iraq.html
【19】米エネルギー局のサウジアラビア報告 http://www.eia.doe.gov/emeu/cabs/saudi.html
【20】イマニュエル・ウォーラーステイン、コメンタリー第86回(2002年4月1日)「イラク侵攻 いかに大国は自滅するか」 http://japana.org/peace/wallerstein/86_020401.html
【21】イマニュエル・ウォーラーステイン、コメンタリー第79回(2001年12月15日)「舞い降りた鷹は獲物をつかむか?」 http://japana.org/peace/wallerstein/79_011215.html
【22】Medact, "Collateral Damage: The Health and Environmental Costs of War on Iraq," (Nov. 12, 2002). http://www.ippnw.org/CollateralDamage.pdf
【23】国際アンサー http://www.internationalanswer.org/
国際アクションセンター http://www.iacenter.org/
別処珠樹・安濃一樹「燃える反戦デモと社会フォーラム運動」 http://japana.org/peace/japana/antiwar_wsf_movements.html
【24】世界社会フォーラムのホームページ(ポルトガル語・英語・フランス語・スペイン語で併記) http://www.forumsocialmundial.org.br/home.asp
世界社会フォーラムの紹介と関連サイトのリンク集 http://japana.org/wsf/site_links.html
編集/安濃一樹
ヤパーナ社会フォーラム
http://japana.org/start.html
mailto:kazuki@japana.org