Japana Sociala Forumo
著者紹介
その手記を読んだとき、爆撃の音に目を覚ます幼い子の瞳が見えた。大丈夫だからとほほえみかけて、「もう少し眠りなさい」という彼女の声が聞こえた。
2003年8月、ひとりの女性が「バグダッドバーニング」と呼ばれるブログを立ち上げた。リバーベンドと名のる24才のイラク人だった。彼女の手記はインターネットを走り、瞬く間に世界中の人びとの支持をえていった。
リバーベンドがこれから日本で広く親しまれるようになるとしたら、それには幸福と不幸が綾をなして関わっていたことになる。幸運とは、日本の女性グループが翻訳を続けていること(http://www.geocities.jp/riverbendblog/)。不幸とは、米軍によるファルージャ壊滅作戦を背景とする日本人の誘拐事件である。
04年4月11日、リバーベンドは、ファルージャで繰り広げられる惨劇に身をふるわせながらも、日本人の苦しみを思って心を痛めている。彼女の願いは、3人を支援する市民グループやNGOが交換するメールに乗って伝えられ、私たちの胸を打った。市民の働きかけによって、現地ではムジャヒディーンへの説得が続けられた。3人の解放が伝えられたころには、自衛隊の撤退を求める運動を超えて、イラク市民との連帯を求める声が高まっていた。
ブログで最初に掲げる言葉に祈りをこめながら、リバーベンドはその名前の由来をそっと教えてくれる。
──いつかきっと、お会いしましょう。弧を描き流れる河のほとり、心が癒され魂も蘇るというあの地で──
ゆったりと曲がり(ベンド)流れるチグリス川に抱かれて、古都バグダッドは燃えている。
記/安濃一樹
...I'll meet you 'round the bend, my friend, where hearts can heal and souls can mend...
ああいう国になる・・・
4月11日(日曜)
みんなまたリビングルームで寝ることになりました。厚手のカーテンをかけたのが、おとといです。きょうは弟のEといっしょに窓のテープをはりかえました。茶色のテープのままだと、せっかくの庭の景色が長いシマ模様で隠されてしまう。透明なテープにすればいいと、私がみんなに勧めました。
リビングルームで眠るのは、そこが家の中でいちばん安全だからです。それに家族(母と私と弟、いとこ夫婦)みんなで横になれるほど広い部屋はリビングしかありません。
電気が通じている日には、夜10時ごろに寝る支度を始めます。暗闇に包まれた日には、もう少し早くなるでしょう。Eと私が、マットと毛布と枕を引っぱり出す。それぞれの寝床ができるだけ窓から離れるように、でも窮屈にはならないように、ふたりでならべ方を工夫します。
いまバグダードは穏やかです。ずっと爆発が続いているけれど、それを気にしないなら、いつもより静かに思えるくらい。ほんとうは爆発の音が聞こえてこないと、かえって不安になります。こんなことをいうと不思議に思われるでしょうね。たとえば、こんな感じです。
──だれかが銃をかまえ狙いをつけている。撃たれるの? 身がすくんで動けない。銃声を待ちながら恐れている。ああ撃たれる、撃たれる──
爆発の音がなにも聞こえてこない朝は、こんなふうに感じるものです。どういうわけか、きっと爆発が起こることはわかっている。あとはいつ起こるかです。爆発の音が聞こえてくるとホッとして、肩から力が抜ける。そして、きょうはもうこれで終わるといいのにと思う。
人質事件が繰り返されて、もうひどいことになっています。テレビを見ていると、まるでどこか他国のことのように思えてくるほどです。「ああいう国と同じになってしまったの・・・」と悲しむことしかできません。どういう国のことかわかるでしょう。毎日のように誘拐事件が起きている国はいくつもある。よその国の政府が国民に渡航を控えるように勧告する。イラクはそんな国のひとつになってしまいました。
これほど悲しいことがあるでしょうか。イラクが経済封鎖に苦しんでいた長い年月にも、二つの戦争のさなかにも、爆撃の中でさえも、イラクにいた外国人が襲われることは決してありませんでした。イラク人は心暖かく、だれにでも親切です。他国から訪れた人たちをいつも手厚くもてなしていました。けれど今では、よそ者はみんなイラク人の敵と見なされ、むごい仕打ちを受ける。
人質となった日本人たちのことを思うと、ことさらに心が痛みます。三人の家族と友人が、そして日本人ならだれもが、どんなに苦しんでいることでしょう。
いろんな話が流れています。今朝、誘拐犯たちが三人を解放すると約束したという知らせを聞いたところなのに、あれはただの噂だったと伝える人がいる。なにが本当なのかわからない。捕らわれた三人の姿がテレビに映されるたびに、胸を刺されるような思いがします。三人を助け出すために何かできることはないのでしょうか。
日本政府は部隊を引き上げるでしょうか。おそらく、そうはしない。日本政府にとって、三人の命など重要ではないでしょうから。私は、三人が生きて帰ってくることを願っています。そして、無事に戻った三人が、イラク人に恨みを持つようにならなければいいと心から思う。
日本が兵士を送り込んできたために、日本への敵意が生まれました。軍隊を送ろうと決定したとき、日本は「やつら」の仲間となったのです。その結果として起こったことが三人の誘拐でした。
ゆるしてください・・・。毎日、十何人ものイラク人が拉致され殺害されてゆく。それでもなお、三人のことを思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
ファルージャでは600人ほどが殺されたと伝えられている。そのうち子どもが120人、女性が200人だったという・・・。なんて恐ろしいことなの。こんなに悲しいことがあるでしょうか。[停戦すると通告があって、ファルージャの市民へ救援物資が運ばれようとしたが、]米軍は1台か2台の輸送車を市内に入れただけで、あとはみんな追い返しました。難民となった人たちが、ファルージャやその周辺からバグダードへ流れてきます。その姿を見るのがとても辛い。
女と子どもたちの顔には涙の跡が残っている。ほどんどが黒い服に身を包み、束ねた衣類を抱え、水を入れたボトルを下げている。この人たちのために、どのモスクでも食べ物と着替えの服を集めている・・・。
きょうアーダミヤで、救援物資を保管していた倉庫がアメリカの戦車に砲撃されました。辺りはめちゃくちゃになっています。食べ物や薬から、包帯や毛布など、なにもかもが飛び散っている。
南部の街はみな、少し穏やかさを取り戻しています。[予言者ムハンマドの孫]イマーム・フセインの殉教にちなんだアルバイーン祭がこれから二日間つづくからです。お祭りのあとに何が待っているのか・・・。それは、だれにもわかりません。
Riverbend, "One of Those Countries...", Baghdad Burning, Riverbend Blog (April 11, 2004). http://riverbendblog.blogspot.com/
編集/安濃一樹
ヤパーナ社会フォーラム
http://japana.org/start.html
mailto:kazuki@japana.org