Japana Sociala Forumo
エドワード・サイード
ことしの5月はじめにシアトルで何日か講演をしたとき、ある晩レイチェル・コリーさんのご両親・ご姉妹と食事をともにする機会がありました。会場にいらっしゃると思います。確かにお見かけしました。どこだろう。立っていただけますか。(レイチェルさんの家族に大きな拍手)
お父様のクレイグさん。イスラエルのブルドーザーが3月16日にガザでお嬢さんを轢き殺しました。あれからまだ日が浅く、ショックから立ち直るのは難しいことでしょう。ですからきょうは、事件の細かい報告をするのではなく、私の心に強く残ったことだけをお話したいと思います。
ガザのラファにある民家が破壊されようとしたとき、レイチェルさんは勇敢にもブルドーザーの前に立ちはだかりました。クレイグさんはブルドーザーを運転したことがあるそうですが、故意にお嬢さんを轢いたのは普通のブルドーザーではなくて、米キャタピラ社が特別に作った60トンもある怪物でした。
いま反対運動の計画が進んでいます。アメリカ製のブルドーザーがパレスチナに送られるのをできるだけ阻止するためキャタピラ社にデモをかける計画です。私たちアメリカ人にできる運動ですね。このブルドーザーは市民が住む家を破壊するために特別に設計されたもので、それ以外の目的はありません。クレイグさんが目にしたり運転されたりしたものより遥かに大きな機械です。
コリーさんご一家と少しお話をして、印象に強く残ったことが二つあります。一つは、お嬢さんの葬儀を終え、アメリカに戻られてからの話です。ご両親は地元の州から選出された上院議員のパティ・マレイとメアリ・キャントウェルに連絡をとりました。議員は二人とも民主党です。会って話をしたところ、二人からショック、いきどおり、怒り、調査の約束といった当然の言葉が出てきた。ところが議員たちが首都ワシントンに帰ってから、少なくとも私が5月にお会いした時まで、コリーさん一家に何の返事もありませんでした。調査するという話は聞こえてきますが、まだ実施されていません。議員たちが水面下で何か活動しているというのも確かな話ではありません。
予想どおり、イスラエルのロビーストから事件の政治的な意味を説明され、二人の上院議員はあっさり引き下がったんです。アメリカ市民が、アメリカの属国であるイスラエルの兵士によって殺害されたのに、何もできない。住宅もろとも人を轢き殺すブルドーザーを作ったのはアメリカなのに、この殺人機械がテロリストの道具として使われていることを知りながら、公式に抗議することもなく、家族に約束したごく当たり前の調査すらしません。
レイチェル・コリーさんについて心に残ったことの二つ目は、この若い女性の行動そのものです。私は一つ目よりもっと大切なことだと思います。彼女の行動は勇気にあふれ、しかも人としての尊厳に満ちたものでした。(拍手)
レイチェルさんは、シアトルの南60マイルにあるオリンピアで育ちました。[パレスチナ問題を知って]国を超えた連帯運動に参加します。ガザへ行き、それまで触れ合うことのなかった人たちと苦難をともにしました。故郷のご家族にあてたメールは、自然な人間性があふれ出た本当にすばらしい言葉で綴られています。いまとなっては読むのがつらいけれど、人の心を打つ文章です。とりわけ感銘を受けたのは、出会ったパレスチナの人びとがみんな親切で気遣いを示してくれると書かれたところです。イスラエルによる恐ろしい占領が続き、幼い子どもまでが震え上がる。そこで現地の人々とまったく同じ生活を送り、同じ苦しみと恐怖を分かち合います。すると人びとは本当に自分たちの一員として歓迎してくれた。
難民たちのおかれている運命が彼女にはよく見えています。イスラエル政府はここに住む人びとをほとんど生存不可能な状況に追い込むという卑劣なやり方をしている。これは大量虐殺に等しい、というのが彼女の書いていることです。レイチェルさんが示した連帯の心は深い感動を与えるものです。イスラエルの予備兵であるダニーという人が心を動かされました。良心にもとづき兵役を拒否しているダニーさんはレイチェルさんにこう書き送りました。手紙から引用します。「りっぱな活動をなさっているあなたに、心から感謝します」。
レイチェルさんがふるさとに宛てたメールを、事件の二日後にロンドンのガーディアン紙が掲載しました【1】。メールのひとつひとつから光り輝くように伝わってくるのは、抵抗をあきらめないパレスチナ市民の驚くべき姿です。普通の人びとが貧困と悲惨のどん底に置かれながら、なお生き続けようとしています。(拍手)
最近「ロードマップ」や和平の見込みについて、あまり色々聞かされているので、基本中の基本となる事実を私たちは見過ごしてきたようです。たとえイスラエルとアメリカが一緒になって弾圧を加えてきても、パレスチナの人びとが降伏や服従をずっと拒否しつづけてきたという事実です。(拍手)
以前から数え切れないほどあった和平案のたぐいがそうだったように、「ロードマップ」は、パレスチナの人びとが信じられないような抵抗を続けてきたからこそ作り上げられたものです。アメリカ・イスラエルを初めとする国際社会が、殺人と暴力を止めなければならないと、人道上の理由を認めたからではありません。
残念ながら過去に多くの失敗や過ちがあったのは確かだけれど、パレスチナの人びとが大変な力で抵抗しているという事実を見過ごすと、すべてを見過ごすことになります。シオニズム運動を進めて領土の拡大を計るには、パレスチナ人がいつも邪魔になってきました。これまで繰り返し提案されてきた解決策は、パレスチナ問題を全面的に平和解決するための方策ではなくて、イスラエルにとって都合の悪いパレスチナという問題を最小限に押さえ込むためのものでした。
アリエル・シャロンが占領という言葉を使っても使わなくても、さびついて使われなくなった給水塔の一つや二つを撤去してもしなくても同じことです【2】。イスラエルは、パレスチナの人びとがおかれている悲惨な実情を、同じ人間として公式に認めたことが一度もありません。人びとの権利をイスラエルが恥ずべきやり方で踏みにじってきたことも決して認めようとしない。
ただ少数の勇敢なイスラエル人だけが、このような隠れた歴史に取り組もうと永年にわたって努力してきました。アメリカにいる大多数のユダヤ人も同じだと思いますけれど、たいていのイスラエル人は、パレスチナの人びとがおかれている現実を認めなくていいように避けてきたし、頭から否定しようとあらゆる努力を傾けてきました。まさしくこれが平和の訪れない理由です。
「ロードマップ」については別の問題があります。きのうコリン・パウエル国務長官にも話したことですが、「ロードマップ」は正義について何も語ろうとしない。パレスチナ市民は何十年ものあいだ不当な弾圧を堪え忍んできた。その歴史が忘れ去られています。(拍手)
これに対してガザで活動したレイチェルさんは、パレスチナの長い歴史をすぐに感じ取り、その重さをしっかりと受け止めました。人びとは強い絆(きずな)で結ばれ、地域での暮らしを生きている。レイチェルさんは気の毒な難民に手を差しのべたのではありません。パレスチナの人びとと苦難を分かち合いともに闘いました。これこそが彼女の示した連帯です。
このように連帯にもとづいて活動する人が以前は少なかった。恐れを知らない勇敢な者たちだけに限られていました。けれども今、連帯の輪は世界中に広がっています。このことを忘れてはなりません。5年前だったらレイチェルさんはパレスチナへ行かなかったでしょう。パレスチナのことを聞いたことさえなかったかもしれない。状況は変わってきました。
ここ6か月に私は四つの大陸で講演をしました。聴衆は数万人にもなるでしょう。世界中でこれほど多くの市民が集まったのは、パレスチナ問題への関心が高く、パレスチナで闘いつづける市民と連帯する気持ちが強いからです。いまやパレスチナは、迫害からの解放と精神の自由を表す言葉となりました。パレスチナ市民をおとしめようと敵がどんな暴言を浴びせかけても、まったくむだなことです。(拍手)
パレスチナの実情が伝えられるたびに、世界の市民が注目します。パレスチナのために正義を求め、パレスチナ市民と連帯して共に闘う決意の声が挙がります。今年、ブラジルのポルトアレグレで開かれた世界社会フォーラムと、ダボスで開かれた世界経済フォーラムの会議でパレスチナ問題が中心課題として取り上げられました。これは実にすばらしいことです。グローバリゼーションに反対する社会フォーラムとグローバリゼーションを主導する経済フォーラムは、世界の政治潮流の中で両極に位置するものでしょう。その両方の国際会議がパレスチナに注目したことになります。
私たちアメリカ市民は、メディアを通しておそろしく偏った情報を詰め込まれています。事実は歪められ、市民は何も知らない状態におかれている。自爆攻撃のことはセンセーショナルに報道されるのに、イスラエルによる占領の問題はまったく触れられない。イスラエルが建設を始めた分離壁は高さが7メートル、厚さが1メートル半、延長350キロにもなるだろうというのに、CNNをはじめどのテレビ局もこの「アパルトヘイトの壁」を映すことはありません。血の通わない「ロードマップ」のどこを探しても、壁についてはひとことも書かれていません。
イスラエルによる戦争犯罪と果てしない破壊がつづいています。パレスチナの人びとは侮辱され、手足を吹き飛ばされ、住居も農地もめちゃめちゃにされる。人びとは死を押しつけられている。こうした苦難がまったく日常になっているのに、新聞で報道されることは決してありません。アメリカ市民はたいていの場合、アラブとパレスチナの市民についてよく思っていない。これは驚くにはあたりません。考えてみてください。既成の政治団体やメディアは、左派リベラルから極右まで、みな例外なく反アラブ・反イスラム・反パレスチナでしょう。
国際法を踏みにじり、正義に反するイラク侵略のために着々と準備が進められていたとき、メディアがいかにふがいなかったことか。12年にわたる経済制裁がイラク社会に与えた多大な被害についての報道がどれほど少なかったか。戦争反対の声は世界中で大きなうねりとなっていたのに、メディアの扱いがどれほど小さかったか。
侵略が始まる前、イラクがアメリカにとって差し迫った脅威であるというような話が仕立て上げられました。こうしたとんでもない嘘(うそ)とでっちあげを追及しようとしたジャーナリストがいたでしょうか。ヘレン・トーマスただひとりでした。トーマス記者はアラブ系アメリカ市民です。大量破壊兵器の疑惑を捏造(ねつぞう)し、プロパガンダを流しつづけた政府の要人たちは責任を問われることもありません。もうたいした問題じゃないとわきへ押しやられています。
厳しく批判されなければならない政府を見逃しているのが主流メディアです。アメリカの無謀な行為のために、イラクの人びとがまったく許しがたい悲惨な状況に陥ってしまいました。すべての責任はアメリカ政府にあります。(拍手)
サダム・フセインはどんなに非難されても当然なほど実に邪悪な暴君でした。ただ、フセイン時代のイラク社会には、アラブ諸国の中でもっとも整備されたインフラストラクチャーがあった。水道や電気、医療や教育。今はどれ一つ残っていません。(拍手)
イスラエルを批判して反ユダヤ主義と思われることが、アメリカでは極端に恐れられています。何の罪もなく武器も持たないパレスチナ市民に対して、イスラエルが日常的に戦争犯罪を犯していても批判できない。イラクについても同じです。不法な戦争と言語道断の軍事占領のことでアメリカ政府を批判して、愛国心に欠けると言われるのが怖いわけです。
メディアも政府も、アラブの社会や文化・歴史・精神について、悪質なキャンペーンを繰り広げています。アラブ系のアメリカ市民やイスラム教徒のアメリカ市民も攻撃されている。ダニエル・パイプスやバーナード・ルイスといった、石器時代から来たような評論家や「オリエンタリスト」たちが、そうしたキャンペーンの先頭に立つ【3】。不思議でも何でもありません。
アラブ人は資質が乏しい、無能だ、何をやらせてもだめに決まっている、と私たちアメリカ市民の多くが本気で信じこむようになりました。みんなキャンペーンのせいです。アラブでは民主主義も経済発展も失敗したじゃないか、だからアラブ人は遅れている、時代に取り残されて近代化もできない、新しいものは何でも毛嫌いする、こんなのは世界中でアラブだけだ、という。
ここで私たちは、人としての誇りを保ち、歴史をみつめ、批判精神を働かせて、プロパガンダか真実なのかきちんと見きわめる必要があります。だれもが認めるように、今ほとんどのアラブ諸国が、市民の支持を得ることのない政権によって支配されています。そして、ほんとうに大勢の恵まれない貧しい若者たちが、容赦ない原理主義の教義にさらされている。
けれども、ニューヨークタイムズ紙が社説や記事でくり返し解説するように、アラブ社会が「完全にコントロール」されているというのはただのデタラメです。アラブには発言の自由がなく、民間機関もなく、市民による市民のための社会運動もないというのは事実に反します。確かに出版規制はある。しかしアンマンの繁華街に行けば、共産党機関紙が買えますよ。イスラム政党の機関紙しかないわけじゃない。エジプトでもレバノンでも、たくさんの新聞や雑誌が刊行されていて、活発な議論が行われている。いかにアラブ社会が誤解されているかよく分かるでしょう。衛星チャンネルも一挙に増えてきて、いろいろな考え方に接することができます。多様な意見が広まってゆく様子はまばゆいばかりです。
アラブ世界のいたるところで、市民の組織が実に生き生きと活動しています。市民グループは小さいものから大きいものまでいろいろですが、福祉サービスをおこなうグループをはじめ、人権を守るグループがあり、女性の権利を訴えるグループがある。研究や調査のための機関も少なくありません。
NGOの数はパレスチナだけでも千を超えるでしょう。こうした市民グループの活動があったからこそ、アメリカとイスラエルからどんなにけなされても、パレスチナ社会は力を失わなかった。アメリカとイスラエルが、パレスチナ社会をずたずたに切り裂いて麻痺させてしまおうと毎日のように何か仕掛けてきても、市民グループは活力を失うことなく社会を支えつづけてきました。(拍手)
きっと私たち自身のためになりますから、アメリカのメディアとアラブ世界のメディアを比べてみましょう。アメリカの主流新聞、たとえばワシントンポスト紙やニューヨークタイムズ紙の社説を思い起こしてください。主流テレビのFOXやCNNでもいい。これに対してアラブでは国際放送をする衛星チャンネルがいくつもあるし、新聞はロンドン発行のものがあって手軽に読むことができますね。他にもベイルートやカイロなどの各都市で発行されている新聞がたくさんある。アラブには報道の自由がないなんて、いったい何の冗談でしょうか。より幅広い議論がより活発におこなわれているのはアラブ世界のほうです。アメリカではありません。(歓声と拍手)
アラブ世界に向けられたプロパガンダによって、アラブ人さえが嘘を信じ込むようになりました。このプロパガンダはアラブ人に対して悪意を抱く人びとが仕掛けています。アラブ人は知恵が足りない未開の部族で、とにかくどうにもならない奴らだと印象づけるためのキャンペーンです。よくご存知でしょう。最悪の状況におかれながらも、パレスチナ社会は打ち砕かれることなく敗北を拒みつづけています。シャロンにとっては忌まわしいことでしょう。(拍手)
いまでも子どもたちが学校へ通っている。医師と看護婦が患者を看ている。男たちも女たちも仕事へ出かけてゆく。市民の団体はミーティングを欠かさない。こうして人びとは生きつづける。シャロンを始めとする過激派たちは、すべてのパレスチナ市民を投獄するか追放してしまいたいと考えています。彼らにすれば、社会を守ろうとするパレスチナ市民の活動が犯罪行為のように見えるらしい。武力によって解決を目指すイスラエルの政策は、これまでまったく効果がなかった。これからも決して成功することはありません。この明らかな事実に、なぜイスラエルとアメリカは気がつかないのでしょうか。(拍手)
ここに提案します。イスラエルとアメリカが、武力では何も解決できないと気がつくように、私たちが手助けすること。爆弾を抱いた自殺攻撃ではなく、理性に訴える議論によって説得すること。団結した市民の抗議運動によって、世界の国々で大規模なデモやストライキを繰り広げることによって、イスラエルとアメリカを説得することです。
私がここで言いたいことは、広くアラブ世界を知ろうとするとき、とくにパレスチナを理解しようとするときには、しっかりとした比較研究ともっと確かな分析を踏まえなければならないということです。『イスラム世界はなぜ没落したか?』という題名の本をバーナード・ルイスが書きました。このように愚かな専門書をいくら読んでも理解を深めることはできません。アラブに民主主義を導くのだとポール・ウォルフォウィッツが言うけれど、何もわかっていない人の言葉に耳を傾けてもアラブ世界を知ることにはならない。民主主義のことをいうなら、国防副長官はまずペンタゴンを民主化するべきです。名案でしょう?(歓声と拍手)
アラブとイスラム世界を民主化するという彼の発言は、アラブの人びとの真実の姿をまったく無視したものです。アラブの社会は生き生きとした活動で満たされています。なぜならアラブ社会は現実の社会だからです。アラブ市民は、ウォルフォウィッツやリチャード・パールが描く妄想や淫らな夢の中の住人ではなく、現実の社会に生きる人びとだからです。アラブ社会には数多くの潮流があり、ぶつかり合っています。アラブ人は狂信と暴力に心を奪われた民衆だと言われる。こんなマンガのように単純な決めつけ方で、アラブ社会を説明することなどできません。
正義を求めてパレスチナは奮闘しています。私たちにできることは、パレスチナの市民と手を結ぶことです。連帯こそが大切で、批判ばかり繰り返しても意味がない。希望を切り捨てるような言葉が人びとを勇気づけはしない。対立をあおり立てる言動は悲惨な結果をもたらすだけです。
世界がパレスチナへ向けて示した連帯を思い起こしてください。ラテン・アメリカの諸国をはじめ、アフリカやヨーロッパ、アジアやオーストラリアで市民が連帯して行動しました。ひとつの目的のために人びとが活動をつづけていることを忘れてはいけません。さまざまな困難や数多くの障害に遭っても、人びとはけっしてくじけない。なぜでしょうか。尊い理想を実現するという目的があるからです。人びとは良心にもとづいて、平等が約束され人権が守られる社会を追い求めています。
これから誇りについてお話ししたいと思います。どのような文化でも人びとが誇りを大切にしていることは、歴史学や人類学・社会学・人文科学の研究者たちが等しく認めていることです。
ヨーロッパやアメリカの人びととは違って、アラブ人は──。こんな言い方をテレビや新聞でしょっちゅう聞かされていますね。アラブ人は個性というものがわからない。人にはそれぞれの生き方があることを知らない。愛を伝える言葉を持たない。人と親しくして、わかりあうことに価値をおかない。こうしたことは、ルネサンスと宗教改革、理性と啓蒙の時代を経験しているヨーロッパとアメリカの文化だけに見られるという。
このようなことを事実や理論として認めているのがオリエンタリストです。人種差別の偏見から生まれた考え方だといってもいい。まったく間違っています。まず手始めに、この話しから始めましょう。
数多くのオリエンタリストの中に、トーマス・フリードマン【4】がいます。俗悪な人物です。かれの子供じみた論説は根も葉もないことばかりで(拍手)、まともに聞いているアメリカ人は少ない。それなのに、ほんとうに悲しいことですが、アラブ系の知識人たちが信じてしまった。
ここで名前をあげる必要はないでしょう。フリードマンと同じくらい無知な人びと、自分の心を欺いている人びとです。9・11事件のために、彼らは単純にも次のように思いこんでしまいました。
──あの大惨事によって、アラブ社会が抱える問題が見えたではないか。アラブ=イスラム世界は、ほかのどの世界よりも退廃している。悪がはびこる世界だ。ほかのどの文化よりも醜い。ひずみだらけの文化だ。テロリズムがあれほど広まっているのがその証拠ではないか──
そう思いこみたい人には少しばかり都合の悪い事実があります。20世紀の戦争や抗争で奪われたおびただしい人命のうち、80%がヨーロッパとアメリカの責任だという事実です。でも、これは脇へ押しやっておいてもいいでしょう。まあ、ほんのささいな事実だから、気にとめることもないのかな。(笑い声) これに比べて、アラブ=イスラム世界は20世紀の暴力にほとんど手を貸していません。
何の根拠もなく、文明には悪いものと善いものがあると、もっともらしくいう人びとがいます。その背後には、サミュエル・ハンチントン【5】という偽の予言者がいて、不気味な影を落としています。惑わされた人びとは、こう信じるようになりました。「世界には、まったく異なる文明がいくつもあって、対立はさけられず、永遠に戦いつづける」。しかしハンチントンの説は、すべて間違っています。(拍手)
どんな文化も文明も、ほかとなんの関連も持たずに存在することはできません。私たちは個性を認め合い、精神の自由を尊びます。これはどんな文化にも共通していて、どこか特定の文化だけにみられることではありません。社会を営むうえで守らなければならないことがあります。私たちは人を愛し、命を慈しみ、ともに生きる。みんな人として大切なことです。この大切なことを忘れた文明などひとつもありません。そしてアラブの文化にも同じものが息づいています。(大きな拍手)
事実に反するハンチントンの説は、白人が優れているという不当な差別感から生まれたものです。昔はひどい偏見がまかり通っていました。アフリカ人は生まれつき知性が劣る。アジア人は奴隷にふさわしい資質を持って生まれてくる。ヨーロッパ人が最も優れた人種だ。ハンチントンがいうことはこれと同じです。ヒトラーの人種差別政策を正当化した科学者がいました。今はその亜流が、アラブとイスラムについて、さかんに自説を述べたてていますね。
このような人びとに対して、私たちは毅然とした態度を守らなければなりません。くだらない議論に巻き込まれますから、反論しようとしてはいけない。それよりも、もっと信頼できる言葉で、アラブ世界のほんとうの姿を表したものがここにあります。
──アラブ人とイスラム教徒の生活には、人類の営みにあまねく見られるように、守るべきものがあり、誇りがある。人びとは、このかけがえのないものを、自分の文化の様式に従って表現する──
普遍の価値を表すには、それぞれの文化に独特の表し方があります。みんな同じである必要はない。すべての文化に当てはまるような決まりはないのですから、たとえリチャード・パール【6】推薦のやりかたがあっても、真似をすることはありません。
人間の多様性とは何を意味するのでしょうか。それは、まったく異なる個性と経験を持つ人びとがやがては認め合い、ともに生きることができることを意味しています。何かひとつの生き方や考え方がほかよりも優れているといって、すべての人びとに同じ生き方を強いることは、けっして許されません。
この間違いを犯しているのがアメリカ政府です。アメリカがイラクへ侵攻するのはイラクの人びとを解放して、理想を実現して見せるためだという。とてつもなく傲慢な考えです。そうする資格がアメリカにはあるというのでしょうか。いったい誰がアメリカにそんな権威を与えたのでしょう。神がブッシュに啓示を授けたのでしょうか。大統領は、イラクどころかゴルフ場がどこにあるかさえ知らないのに。(歓声と拍手)
アメリカがアラブ世界に正義と民主主義をもたらすという議論は見せかけだけのものです。しかし専門家といわれる人びとが主流メディアにひっきりなしに登場して、この偽りの言葉を私たちに押しつけてくる。
かれらは、アラブ世界は開発が遅れている、知識や情報が不足していると、さかんに嘆いてみせます。なんと国連の「アラブ人間開発レポート」までが影響を受けてしまいました。レポートは適当な数字を並べて、意味のない推論を重ねたものです。
たとえば、アラブ圏では他の言語からアラビア語に翻訳された本が300冊しかないという指摘があります。アラブ圏全体で300冊は少なすぎるという。だったらアメリカで他の言語から英語に翻訳された本は何冊あるのでしょう。アメリカは世界でもっとも強く、豊かで進んでいる国です。この大国でアラビア語から英語に翻訳された本が何冊あると思いますか。過去4年間で、わずか13冊です。アメリカがどれほど進んだ国なのか、これでわかりますね。
レポートは数字をもてあそんでいるだけなのに、これを読んで恐れ入ってしまうアラブ人がいる。
──ああ、なんてひどいんだろう。アラブ人はこんなに遅れている。ほんとに反省しないといけない。みんな私たちの責任だ──
テレビで誰かが言っていたでしょう。「いまこそアラブ世界は目を覚まさなければならない」。まるでアラブ世界が今まで眠っていて、起こしてもらうのをずっと待っていたような話じゃないですか。いやはや、あきれた。(笑い声)
常識ある人がアラブ世界のことを知ろうとしたら、べつの方法を取るでしょう。西のモロッコから東の湾岸地域まで、アラブの人びとの活動を調べればいいことです。文学から映画・演劇・絵画・音楽まで、アラブ人によるアラブ人のための文化がどれほど豊かなものであるかを見ればいい。これを国連は調査してレポートにまとめるべきでした。
いまの話と関係していることで、みなさんにお伝えしたいことがあります。ほとんど知られていないことですから。
パレスチナの状況がどんなにひどいものか、みなさんもよくご存知でしょう。西岸地区のラマラ市は、イスラエル軍に包囲され、常に攻撃を受けています。戒厳令があるために、人びとは隣町を訪ねることができません。そればかりか、市内を自由に動くこともできない。イスラエル兵に捕まって拘束される恐れがいつもあります。現在5000人が囚人となっている。イスラエルは告訴もせずにパレスチナ人を拘束しています。イスラエル軍の爆撃は終わらない。人びとの住む家は[怪物ブルドーザーに]ひきつぶされる。
このような最悪の状況のもとで、パレスチナに音楽学校【7】が作られて、生き生きとした活動をつづけています。数百人もの熱心な子どもたちが、ピアノやバイオリン、クラリネットやチェロのレッスンを受けるために、爆弾や銃弾の中をかよってゆきます。
教師たちはみんなボランティア[の演奏家と音楽教師]で、自分の才能を子どもたちに注いでいます。この活動は、西岸地区のいたるところで見られるようになりました。ラマラだけではありません。エルサレムにも支部があるし、ほかの町にも広がってゆくでしょう。
さて、ここにいくつか資料を持ってきました。商売は得意じゃないんですけれども、いまお話した国民音楽院のグループがアラブ音楽を録音したCDです。これが説明書、こちらがリーフレットで、会場のうしろで見ていただけるようになっています。お勧めしたい作品ですよ。
人間味のある事業を支援するのは本当にやりがいのある仕事です。でもこの種のことは決して記事になりません。話題になるのは自爆攻撃ばかりですね。
パレスチナの子どもたちがあふれんばかりの才能に恵まれていること、素晴らしい若手ピアニストがいて世界でも指折りの音楽ホールで演奏していること、そのほか、13才か14才になったばかりの子がいて天才だと信じられていること、こうしたことはみんなこの音楽院の功績です。しかし、まったく話題になりません。パレスチナ人はみんなが自爆攻撃をするか、でなければ原理主義にとらわれていると思われています。(拍手)
アラブが発展しているかどうかを調べるのなら、こうした人間味のある文化活動を評価すべきです。ある日の工業生産統計表を手がかりにして、アラブはそれ相応のレベルまで発展しているとか、それともうまく行っていないとか論じるだけでは何もわかりません。
さらに言っておきたい、もっと重要なことがあります。アラブの文化や社会は豊かで生き生きとしているのに、その社会をごく少数の人びとが支配しているということです。私たちの誰もがこの事実に矛盾を感じています。
いまアラブ世界を支配しているのは、きわめて少数の人びとです。民衆の支持などありません。王様に将軍たち、スルタンに大統領。頭の中味といえば、平々凡々として創造力も独立心もない人物ばかりです。それにみんな食べ過ぎで太っている。(笑い声) これほど無能な支配者が集まったのは、世界の歴史を振り返っても珍しいことです。(拍手)
この支配者たちを見ると、ほんとうに情けなくなります。ほとんど例外なしに、国民の中でも最低の、一番つまらない人たちだからです。これは民主主義があるかないかの問題でさえありません。
かれらは自分にまったく自信がないし、国民を過小に評価しています。だから自分と国民を小さな社会の中に閉じこめてしまう。すると、変化が受け入れられなくなります。何か変わるということが怖くなる。支配者たちは、開かれた社会を作って国民に自由を許すことを恐れています。そして最も恐れているのは「兄貴分」のアメリカを怒らせてしまうことです。
民こそ国の富と考えず、国民はみんな支配者の権力をねらう陰謀家ないしテロリストと考えています。これはまったくの誤りです。イラクの人びとに対する忌まわしい戦争が続いていたとき、自国に対する誇りと自信をもって発言したアラブの指導者は、だれ一人としていませんでした。アラブで最も大切な国の一つが略奪され、軍事占領が行われているというのに。
サダム・フセインのまがまがしい体制がなくなったのは確かに素晴らしいできごとでした。このことを否定する人がいるでしょうか。だれでもこれは認めるでしょう。しかしアメリカをアラブの助言者に任命したのはだれなんでしょう。アメリカがアラブのお守り役だなんて、だれが決めたんだろう。だれがアラブ世界の面倒を見てくれとアメリカに頼みましたか。
アラブの人びとのためにアメリカが立ち上がったように言われています。何か民主主義らしきものをもたらすためだという。ところが当のアメリカを見てください。教育や医療だけでなく、この国の経済全体が、1929年の大恐慌以来、最悪のレベルに落ち込みつつあります。(拍手)
アラブ諸国は、なぜ声を合わせてアメリカの極悪非道で非合法な侵略に抗議しなかったのでしょう。フランス政府は反対したのに、アラブ各国の政府は何もいわなかった。この事実はアラブ世界を深く傷つけ、人びとに大きな屈辱を与えました。これは取り返しのつかない失敗です。アラブの指導者たちは、おじけづいて誇りを失い、アラブ人同士の連帯を忘れてしまった。
[イラク侵略が始まるころから]ブッシュ政権は全能なる神に導かれているなどという話がもてはやされています。昨夜[のパウエル国務長官のスピーチでも]そんな話が少しありましたね。これに対して、なぜアラブの指導者たちは何も言わないのでしょうか。誇り高いアラブ人として、私たちは自分たちの文化の光と伝統と宗教によって導かれている。そう発言する勇気を持った者は一人もいませんでした。ただの一言もなかった。
イラクの貧しい人びとが耐えがたい苦難に耐えています。中東全域のアラブ人は、その苦しみを同じように感じて、みんな震えています。それなのに、アラブの支配者たちは、次は自分の国が狙われるのではないかという心配ばかりして、凍りついたように何もできない。
パレスチナに話をもどすなら、エジプトはイスラエルと貿易をつづけているし、もちろん外交関係も結んでいます。ヨルダンやモロッコも同じです。アラブ各国の支配者たちはアメリカ政府の後ろ盾を失いたくない。それが、イスラエルに肩入れする理由です。(拍手)
ジョージ・ブッシュと握手をして肩を抱き合うことが、どれほどいかがわしく見苦しいことか考えてみてください。先週、アラブの主要国から指導者たちが集まって、アラブの国を侵略し破壊した男を実に暖かく迎え入れていました。何と破廉恥な行いでしょう。
あなたはどれだけアラブの人びとを侮辱したかと、なぜだれもジョージ・ブッシュに面と向かって言えないのでしょう。あなたほど多くの不幸をアラブ世界にもたらした人物は今までいなかったと言い切る勇気がなぜ持てないのか。どうしていつも、ブッシュを歓迎して、暖かく抱きしめて、ほほえんでキスをして、深々とお辞儀をしなければならないのでしょうか。パレスチナを占領しつづけるイスラエルに、なぜ抗議しないのか。なぜ国内の抗議運動を支援しないのか。西岸地区とガザでの抵抗運動を支えるのに必要な外交や政治・経済の援助はいったいどこにあるというのでしょう。
結局、アラブ各国の政府がしたことといえば、パレスチナの人びとにむかって外相たちの口から説教をさせただけでした。「パレスチナのみなさん、まず自分の生活のことを考えてください。暴力に訴えるのは止めて、平和交渉をつづけましょう」。シャロンが平和などにまったく関心がないことくらい最初からわかっているのに、アラブ諸国の首脳陣から聞こえてくるのはこんな台詞(せりふ)ばかりでした。(拍手)
イスラエルが建設している分離壁とか、止むことのない暗殺、パレスチナ人全体に課せられる懲罰に対して、アラブ各国の政府は協力して対応しようとしません。まったく何もしない。信じられないことです。各政府の見解は使い古された決まり文句の繰り返しで、アメリカ国務省お墨付きの公式見解に従っているだけです。
このような政府のありさまを見ていると、アラブ人としての誇りを失い、パレスチナの理想を忘れていると感じます。しかし、私がこのことをもっとも強く感じるのは、とても残念なことだけれど、いまのパレスチナ自治政府を見るときです。
マフムード・アッバスは何ともぱっとしないナンバー2で、パレスチナの人びとから支持を得ていません。支持がないうえに気骨もない。だからこそイスラエルとアメリカは彼を選んで首相にしたわけです。(拍手)
アッバスは弁がたつわけでもないし、人をまとめる力に長けているわけでもありません。アラビア語以外は話せない。そのアラビア語だって怪しいものだな。(笑い声) ヤセル・アラファトの部下として従順に仕事を務めていましたから、これは言うことを聞く人間だとイスラエルに見透かされたのでしょう。
それにしても、どうしてアメリカが用意した声明文を読み上げたりするのでしょう。[アメリカの仲介でイスラエルとの会談が開かれた]アカバで、アッバスが演説したときのことです。アメリカ国務省の役人かだれかが書いた原稿をそのまま読んでいました。まるで腹話術師の人形じゃないですか。「そちらが用意したスピーチなど読みません。私は自分が書いたスピーチを読みます」。なぜそう言えなかったのか。アッバスはそう言うだけの誇りを持ちあわせていませんでした。
この演説の中でアッバスはユダヤの人びとが受けた苦しみについて話しています。これは立派なことです。けれどもあきれたことに、イスラエル政府の手によって、自分の同胞であるパレスチナ市民が受けた苦しみには、ほとんど何も触れませんでした。
こんなひどい屈辱はないのに、あやつり人形のような役回りをどうして引き受けることができたのでしょう。パレスチナは1世紀以上ものあいだ屈することなく闘いつづけています。アッバスは、正義を求めて闘う人びとの代表です。アメリカとイスラエルに言われたからといって、どうしてその誇りをあっさり忘れてしまえるのでしょうか。
イスラエルはパレスチナ国家の樹立を認めると言いました。しかしパレスチナに対するこれまでの破壊行為を何ひとつ認めていません。想像を絶する損害をもたらし、数え切れない戦争犯罪を重ね、パレスチナに生きる人びとすべてを、男も女も子どももみさかいなく、組織的に痛めつけ苦しめてきたのに、イスラエルはそれを後悔しているといわない。
そのときパレスチナの指導者が、なぜ黙っているのでしょうか。私には決して理解することができません。これほど長いあいだ苦難を堪え忍んできた人びとの代表として、指導者には言うべきことがあるはずです。
──これが事実です。責任を取れとはいいません。ただ目をそらさずに、事実を見つめてほしい──
私にはどう考えても納得がいきません。アッバスは、誇りというものをすっかりなくしてしまったのでしょうか。自分が一個人ではなく、パレスチナが重大な転機を迎えているときに、指導者として同胞の運命を担う立場にあるということを忘れてしまったのでしょうか。難局をみずから切り開き、誇りをもって立ち向かうことがアッバスにはまったくできませんでした。みなさんの中で、深く失望していない方がいらっしゃいますか。
パレスチナ市民の歴史と理想が私たちの誇りです。堂々と胸をはって妥協することなく、はっきりとそう表明すればいいのに、パレスチナの指導者たちはいつも、何かきまりが悪いような、すまなそうな態度をとる。まったく信用ならないアメリカにすがって、わずかな施しをもらおうとするときの態度です。(拍手)
けれどもこれが、オスロ合意の時からパレスチナ指導者たちが取ってきた態度でした。あるいは[1936年の反乱を率いた]ハジ・アミンの頃から変わっていないといってもいいでしょう。アミンは場違いで幼稚な抵抗をする一方で、哀れっぽい声で懇願もしました。いったいどうしてなのか。敵の手で書かれた原稿を読まなければならない理由がどこにあるというのでしょうか。
パレスチナで、アラブ世界で、このアメリカで、私たちはアラブ人としての誇りを持って生きています。私たちは、アラブの遺産と歴史と伝統を受け継いでいます。それが私たちの誇りです。そしてもっとも大切なのは、私たちが自分の言葉を持っていることで、それこそ私たちの誇りです。
なにもアラビア語である必要はありません。英語でもいい。しかし、パレスチナを祖国とする私たち自身の言葉でなければなりません。そうして初めて、私たちはパレスチナ市民としての願いを表すことができます。1948年から今日まで、パレスチナ市民のひとりひとりが略奪され苦難の道を歩まされてきました。私たちの願いが生まれたのは、このパレスチナの歴史からです。これを表すことができるのは、私たち自身の言葉以外にありません。
パレスチナの指導者たちの中に、私たちの願いを伝えられる人物はひとりもいませんでした。アラブ世界でも、ナセルが亡くなってからは、事情は同じです。私たちアラブ人がどのような人びとで、何を求め、何をしてきたのか。これからどこへ進もうとしているのか。こういうことを誇りを持って語る政治家はいませんでした。
けれども、少しずつですが状況は変わってきました。最後に、そのことについてお話ししましょう。アッバスやアラファトのような人物が指導者となってきた時代は終わろうとしています。アラブ世界のいたるところに現れた新しい指導者が古い政権を変えてゆくでしょう。新しい指導者は、古い指導者よりも自信にあふれ、自分をよく理解しています。
アラブ世界に生まれた新しい動きの中で、私がもっとも期待をかけているのは、パレスチナのNPI[The National Political Initiative 国民の主導で政治を行うという意]という組織です。
これまでの指導者たちがやってきたことといえば、机の上の書類をひっかきまわして、銀行口座をごまかしながら、なんとかジャーナリストに話を聞いてもらおうとするだけでした。これに反して、NPIのメンバーは草の根の活動家たちで、専門の職業を持つ人もいれば労働者もいます。彼らは若い知識人であり、活動家でもあります。教師や医師、弁護士や労働者として、日々繰り返されるイスラエルの攻撃をかいくぐりながら、パレスチナ社会を支えるために働いてきました。(大きな拍手)
NPIは市民が参加する民主主義を実現しようとしています。パレスチナ自治政府が夢にも思わなかったことでしょう。自治政府の人びとは自分たちの地位や立場を守ることだけが民主主義だと考えているからです。
またNPIは職を失った人を支える社会制度をつくり、貧しくて保険に入れない人に医療を施し、若い世代には宗教色を排した教育を与えています。パレスチナの若者たちは、古い世界のかけがえのない価値を教えられるだけでなく、現代社会の現実を学ぶ必要がありますから。
このような事業を進めるためには、イスラエルによる占領を止めさせる以外になく、占領を止めさせるためには、パレスチナ市民を代表する政権を自由選挙で選ばなければならないとNPIは主張しています。過去1世紀のあいだ、パレスチナの指導者たちは取り巻き連中に囲まれて、時代に遅れた考えしか持たず、何もできなかったけれど、新しい政権が変えてゆくでしょう。
私たちはアラブ市民として、またアメリカ市民として、みずからを尊重しなければなりません。パレスチナの闘いは正義の闘いです。ともに誇りを持って立ち向かいましょう。それができたとき、初めてわかることがあります。世界中で、思いがけないほど多くの人びとが、パレスチナと連帯して行動しようとしている理由は何かということです。その連帯の中にレイチェル・コリーさんがいます。そして彼女とともにいて負傷した2人の若者、ISMのトム・ハーンデルさんとブライアン・エイブリーさんもいます。
最後に皮肉な状況をひとつ思い起こしていただいて終わりたいと思います。パレスチナとアラブ市民には世界中から連帯が示されています。けれどもそれに匹敵するアラブ市民同士の連帯と誇りがありません。私たち自身よりも世界の人たちの方が私たちを尊重している。驚くべきことではないでしょうか。
今こそ私たちは、私たち自身のほんとうの姿を取りもどさなければなりません。そして、世界のさまざまな社会でアラブ市民を代表する人びとに必ず理解してもらいましょう。私たちの闘いは正義を求める闘いだということ。尊い目標があるということ。謝らなければいけないことは何もないし、恥じることもないということ。これを心に刻むことが指導者としての第一歩となります。(拍手)
指導者たちは誇りを忘れてはいけません。私たちはみな、アラブ市民が成し遂げてきたことを誇りに思い、アラブ市民の一員であることを誇るべきです。
ありがとうございました。(大きな拍手が長くつづく)
Edward W. Said, "On Dignity and Solidarity,"
The American-Arab Anti-Discrimination Committee (ADC) Convention,
June 15, 2003.
http://adc.org/convention20th/convention20th/transcripts_edward.htm
http://www.democracynow.org/transcripts/edwardsaid.shtml
【1】三月一八日 http://www.guardian.co.uk/israel/Story/0,2763,916299,00.html
追加分 http://www.guardian.co.uk/israel/Story/0,2763,916885,00.html
【2】二〇〇三年五月二六日、シャロン首相は、イスラエルがヨルダン川西岸地区とガザ地区を占領してきたことを始めて認めた。前日にイスラエル議会が「ロードマップ」を承認したことを受けてのことだった。一九六七年の第三次中東戦争からイスラエルは占領を続けているが、その間に一五〇の入植地を開発し二二万人の入植者を送り込んでいる。六月九日、イスラエルは、入植地が開拓地を拡大する目的で周辺に設けた前哨基地の解体を始めた。このときヨルダン川西岸地区の前哨基地にあった老朽化した給水塔が引き倒されたほか、もとから無人の廃屋がいくつか封鎖されている。パウエル国務長官は、イスラエルが「ロードマップ」で定められた通りに平和への一歩を踏み出したとして評価した。しかしパレスチナ側は、イスラエルが和平案を受け入れたと見せかけるためのジェスチャーに過ぎないと厳しく批判した。
【3】オリエント(日が昇る地・東洋)はオクシデント(日が沈む地・西洋)と対比され、東洋は西洋の価値観にもとづいて理解されてきた。地理の上では、東洋は地球の過半を占める広大な地域であり、そこには多様な文化や伝統が存在する。しかし西洋は、オリエントという画一化された単一のイメージを作り出した。西洋よりも遙かに劣る他者、征服すべき他者としてのイメージである。このような偏見に彩られた思想や学問の方法をサイードはオリエンタリズムと名づけた。オリエンタリズムによって研究や批評をする専門家は数多い。彼らは、欧米の政府が進める政策に根拠を与える。同時に、彼らの論説は、各政府の権力に守られて「真実」となる。この人びとをオリエンタリストと呼ぶ。
【4】米ニューヨークタイムズ紙の外交問題コラムニスト。9・11事件から、アラブ=イスラム世界にはびこる「ビンラーディン主義」との戦いが始まり、中東諸国との戦争が第三次世界大戦の幕開けとなると主張している。
【5】ハーバード大学教授。国際政治学・世界戦略の権威。96年に出版された著書『文明の衝突』は論争を呼び、批判されたが、9・11事件以降、世界でベストセラーとなった。
【6】タカ派の中のタカ派といわれ、「暗黒のプリンス」と自称する人物。軍事産業やイスラエル政府との結びつきが深く、以前からイラク侵略を強く主張していた。国防政策理事会の議長に登用され、ウォルフォウィッツ国防副長官とともに、ブッシュ政権の政策に大きな影響を与えた。03年3月、金銭受諾のスキャンダルに追われて議長職を辞任した。
【7】パレスチナ国民音楽院 National Conservatory of Music - Palestine(NCM)。1993年10月、ビルザイト大学の協力を得て、ラマラに第一支部が設立される。生徒が40人、パートタイムの教師が3人だった。10年後の現在、エルサレムとベツレヘムにも支部ができ、生徒の総数400人、教師20人、職員10人。生徒は奨学金や学費援助を受けることができる。http://www.birzeit.edu/music/
著作権(2003年)
原文に関するすべての権利はエドワード・サイードが留保する。
( )は観客の反応。
[ ]は訳文の補助語句。
【 】は訳者による注釈。
2003年6月、アラブ系アメリカ人反差別委員会(ADC)の大会に招かれたエドワード・サイード教授は、4日間にわたる大会の最後を飾って「誇りと連帯」と題するエッセイを読み上げる。教授は何度も原稿を離れて観客に語りかけているので、翻訳に際してヤパーナがビデオ録画をもとに原稿を修正・補足した。訳文は前半・後半に分けられ、月刊「自然と人間」誌、9月号・10月号に掲載されている。
ビデオ録画は、独立ラジオ・テレビ局 Democracy Now! のサイトから RealPlayer ファイルをダウンロードすることができる。http://www.democracynow.org/article.pl?sid=03/06/26/152245
月刊「自然と人間」http://www.n-and-h.co.jp
TEL 03−3495−7189
編集部 mailto:ed2@n-and-h.co.jp
翻訳/荒井雅子・安濃一樹・別処珠樹
編集/安濃一樹
ヤパーナ社会フォーラム
http://japana.org/start.html
mailto:kazuki@japana.org